ついに不比等ちゃんの着物の裾を捕まえたぁ~?






 いきなりね~・・アメのタリシヒコさんが「阿部」さんだなんて言われたってね~・・・そんなもん、

「・・・は~?」

みたいな反応しか無いのは判っちゃいるのねんな。

 ま、ただね・・・、ファシレのおじさんの気持ち的にはね・・、

「阿輩雞彌」=「おおきみ」

を、そのまんま信じるわけにゃ~、いかんのねんな。


 ま、「雞彌」は「きみ」で良いのねんけんども、「阿輩」は、「あへ」「アペ」「あべ」「あべい」でしか無いと思うのねんな。相手は日本人じゃ無いんだからね~。「音(おん)」で当てはめるんだからね~。


 それにね・・これが書かれた隋書は636年に完成したものだけんど、実はこんなのもあるのよ~。


俀王遣小德阿輩臺従數百人設儀仗鳴鼓角來迎
(倭王は小德の阿輩臺を遣わして従者数百人儀仗を設け・・・)

 (ま、倭王か俀王かは・・とりあえず放っておいて・・と)


 この中の「小德阿輩臺」を「大河内直糠手・難波吉士雄成

としている岩波文庫が現状、正解・・とされてるようなんだすな~。


 小德(ことく)っちゅうのんは冠位十二階の階級・・でんな。これ以上には「大德」しかおらんのんで、かなりの大物っちゅうこと。


 冠位十二階は604年ごろに制定されたことになっちゅうけんども・・なんだかな~。ま、それは良いにしてもね・・阿輩臺さんを大河内直糠手(おおしこうちのあたいあらて)さんたちに比定するなんてね~!何かな~・・ちょっと作為を感じてしまうのねんな~。言いたいけんど言えない・・言えなかったっちゅうことなのかな~?


阿輩臺 = 大河内直糠手 ??


 ありえんだしょ?そんなん・・。どの文字、発音も合ってない。これはおそらくだけんど、あちらのお方たちは・・


「あべたい」

と書いたはずなのねんよ!

「臺」=「台」

 邪馬臺国の「たい」やんけ~?違うかな~?


 おそらくなのねんが、「阿部大夫(あべたいふ)」・・と名乗ったんだしょな~。最後の「ふ」が聞き取れなかったんだと思うよ~。


 大夫(たいふ)は、「公式令」の規定では太政官においては三位以上、寮においては四位以上・・とされてるのねん。しかもね・・このことは日本書紀にもちゃんと書いてあってね・・

 難波吉士雄成、中臣宮地連鳥摩呂、大河内直糠手、船史王平、額田部連比羅夫、阿倍鳥臣、物部依網連抱 さんたちが出迎えたと・・つまり、


阿輩臺 (あべたいふ) = 阿倍鳥臣(あべのとりおみ) = 阿部大夫(あべのたいふ)

なのねん!

 だから・・


「阿輩雞彌」



「阿部王」「阿拝君」「阿閉王」「安比王」「安日王」・・etc.


 となるのだよ・・どうだね!明智君!わはははは・・


・・なんのこっちゃ・・


 ま、阿部さんか安日彦さんか・・判らんけんどね~。その頃の倭王さんはとりあえず「あべ」さん・・っちゅうことで。安日彦さんだと、またまた面倒なことになっちゃうのんでね~!!



 因みに話しは大きく跳ぶけんども、不比等ちゃんのお着物の裾、何とか捕まえた感じなのねんよ・・。ただし、まだね・・確証が無いっちゅうか、いや、「まだ・・」もクソも無いけんどね。


 それは19代の天皇さん、允恭天皇さんに絡んだ部分なのねんな。


允恭天皇(いんぎょうてんのう、仁徳天皇64年? - 允恭天皇42年1月14日)
は、第19代天皇(在位:允恭天皇元年12月 - 同42年1月14日)。雄朝津間稚子宿禰尊(おあさづまわくごのすくねのみこと)、男浅津間若子宿禰王(古事記)。中国の歴史書『宋書』・『梁書』に記される倭の五王中の倭王済に比定されている。
by Wiki


 ま、年代は中々比定するのが難しいけんども、「26代の継体天皇さんよりは前のこと(西暦500~530年以前でんな)になるかな?」っちゅうことでんねんな。


 この允恭天皇さんの皇后さんやお后さんが中々に興味深いことになってて、

 皇后さんは「忍坂大中姫命(おしさかのおおなかつひめ)さん、お妃さんが「弟姫(おとひめ)」もしくは「衣通郎姫(そとおしのいらつめ)」さんなのねんが、この二人はなんと姉妹なのねんよ!姉妹で嫁いだことになってるのねん。弟姫さんって、あの竜宮城の乙姫さんかもよ~!


 でもね・・やっぱ、女の嫉妬っちゅうもんは怖いもんでね・・。妹が超美人だったらしくて、姉の皇后さんが怒り狂ったらしいのねん。


「・・・あんた!・・あたしの妹んとこばっか行ってて、ちっとも世継ぎが出来ないじゃないのよ~!キーッ!!」


 みたいなもんでっしゃろか・・。


 いんや、実際は子供が出来たもんで、その隙を見計らって~・・セコセコと妹のお后さんの衣通郎姫さんのところに通ったらしいのねんけんど、それがバレてね・・産屋に火を付けた!・・なんちゅう話しも伝わってるのねん・・。

お~・・怖っ!


 でね、天皇さんもさすがに怖くなってね・・衣通郎姫さんのために大和の村に新しい家を建てて囲ったのねんな。(藤原宮ね・・いや、藤原京じゃ無いす。別もんなのね~。)で、彼女の為にあちこちの国造たちに命じて御名代(みなしろ)を創ったのねん。彼女のための部民・・でんな。この部民っちゅうのんは、彼女の為に食料とか着るものとかを供出させるっちゅうか、お世話をする連中なのねんよ。それが部民・・。

 でね、その名前が何と・・・

藤原部(ふじわらべ)」

ちゅうねんで~!


 ま、藤原っちゅう名(うじな)が西暦500年よりずっと前にすでに有ったっちゅうこと・・そして、それが天皇さんと絡んでたっちゅうことでね・・・しかもね~・・かなりの・・あら!・・もう時間が無い・・すまんの~・・いつも大事なところでタイムアウト、・・・しかも全て中途半端!・・さすがファシレのおじさん!・・ちゅうことで、今回もグズグズに終わるのねんよ~!・・残念~!ではバイナラ~!アディオ~ス~!チャオ!またね~!

P.S.良くもまぁ、こんな文字ばっかりのブログ、読んでくれてありがとさんね~!
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