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居るか?居ないのか?良く判らんけんど~!






 歴史っちゅうもんは、奢れる勝者による書き換えが、後の世の者の常識になってしまうものなのねんけんど、たった一度だけ書き換えられたのなら、まだ、

「蘇我入鹿(そがのいるか)は間違いなく存在しなかったのね~!」

と、軽~く言えるのねんけんども、一度だけじゃなくて、後世の勝者も書き換えたり書き加えたりするものぢゃから、


「・・・ん~・・たぶんだけんど・・蘇我入鹿は・・そげなもんいるか?・・だよね~?」


位にしか言えんのねんな~。・・ま、入鹿(いるか)居ないか判らんけんど、入鹿は不比等ちゃんたちの創作っちゅう風に言ってる人も結構いるよね。


 元々、蘇我氏自体、名前を変えられてるはずだからね・・。これについては後述するけんども、後の支配者たちの怨念たるや物凄いのねん!それに、性格がすっげ~悪いのねんよ!全くもってびっくりするわ~・・。


 蘇我氏さんって言えば物部氏さん、物部守屋さんと聖徳太子さんがすぐに思いつくかと思うけんども、ここも凄いでんな~。


 聖徳太子さんは父親が天皇さん、母親は天皇の娘さんで、しかも父の母は蘇我稲目さんの娘さんの堅塩媛(そが のきたしひめ)さん、母の母も蘇我稲目さんの娘さんの蘇我石寸名(そがのいしきな)さんと言われてて、


「お~い・・ちっと濃い目でないか~い?」



と言いたくなっちゃうほどのW天皇さんにW蘇我氏さん・・と言うことにされているのねんよ。天皇家さんの血が濃いこと、そして蘇我氏さんの影響下にあることを示唆してると思われ、実際のところはど~だかね~だすな。この当たりも怪しいもんぢゃ~。


 聖徳太子さんは、天皇にならずに・・いや即位せずに、初の女帝になられた推古天皇さんを補佐したと言われてるのねんな。ただし、これだってどうだか判らんよ。大体にしてね、「天皇」を名乗ったのはもっと後の代の「天武天皇」さんからだと言うのが大方の見方だしね~。


 で、仏教を日本に入れるかどうかでオオモメしてね、大臣(おおおみ)である蘇我馬子さんと摂政になる前の聖徳太子さんがペアを組んで、大連(おおむらじ)である物部守屋さんを討って、物部宗家を滅ぼした・・とされてるのが正史なのねんな~。


 そして、物凄~く強い物部守屋さんを討つために聖徳太子さんは、


白膠木(ぬるで)という木を伐って、四天王の形を作り、「もしこの戦に勝利したなら、必ずや四天王を安置する寺塔(てら)を建てる」という誓願をした。by WIKI


らしいのねん。それで目ちゃんこ強~い、軍事に長けた物部さんを滅ぼしたのねん。


 この当たりの記紀の文面は凄くてね・・。まるで目前で見てきたように書いてるのねんよ。587年7月のことでんがな・・。そして、712年に古事記が、720年に日本書紀が書かれたのねんけんど、何だかな~・・なのねんな~。


 そしてね・・聖徳天皇・・いや、聖徳太子が請願したとおりに推古天皇元年(593年)に四天王寺の造立が開始されたとされてるのねん。


 でもね・・ここも凄いのねんよ。実は・・はい、これが四天王寺だすな。

800px-Shitennoji03s3200.jpg


 物凄く大きなお寺を聖徳天皇・・いんや、聖徳太子は立てたのねんけんど、どうもこの土地はね・・


 古代大王、もしくは天皇の古墳が有ったところらしいのねんよ。その証拠にね・・、四天王寺の庭園の石橋は、古墳から掘り出した石棺の蓋を代用しているのねん。


「・・ま、まじすか~!」

でっしゃろ?


 そしてね・・関西の方はご存知でっしゃろが、この四天王寺は、山号が荒陵山(あらはかさん)、そして別名が荒陵寺(あらはかでら)、御津寺、難波大寺と言うのねんよ!・・ね?びっくりだしょ?「あらはか」でっせ?


 ま、「あらはばき」も絡んでるかもしれんし、元々が荒らされた古墳だったのかもしれんし、後世にわざわざ壊した古墳の石棺で庭園を造ったのかもしれんけんども、


「・・・全く神経疑うわ!」


 少なくともまともな神経の持ち主の仕業だとは思えんよね~?もし、墓を暴いて滅茶苦茶にして、その跡地に寺を建てたとしたら・・。ま、寺に限らず神社もね、古墳の上に小さな社が有る場合も有れば、おそらく古代の合戦場近くか虐殺された者たちの邸宅跡に、まるで隠すように建てられてる場合もあるしね・・。(大阪のどこかの神社を移転のために発掘したら、本殿の下から人骨がわんさか出てきた・・なんてことが有ったらしいし!)


 実はファシレがC I Aから極秘に掴んだ情報では(うそ!)、この難波の地とアラハバキは取り合えず繋がった感じなのねんけんども、詳細が判らんし、どうにも証明できんのね~。なので、ここを深く掘るのはやめとくのねん・・そのうちに書けるようになったらよいのねんけんども・・難しいな~。


 で、仏教闘争に敗れた物部氏宗家筋は、耐えがたきを忍び、闇に紛れて、北へ東へと向かった訳でんな~。そしてその子孫がその時に持ち出したのが「物部文書」(もののべもんじょ)とされてるのねん。内容は結構、面白いけんども、東日流外三郡誌と似た内容でね・・全てを信じるのはどうかと思うような印象ではあるのねん。


 しっかしね。当時の状況を想像するとね~・・、仏教を入れるか入れないかで蘇我氏さん+聖徳太子さん と物部守屋さんが戦争したっちゅうのは、

「作り話」

でんな。まともな神経を持ってれば、嘘は見破れるはずなのねん。ここも取り合えずは掘らんけんどね。


 それにね・・ここはおそらくだけんども、蘇我氏陣営と物部守屋陣営が戦争したっていうのもね・・

「作り話」

でんな。

 前にも言ったように、蘇我入鹿さんも存在しないから、

女性天皇の目の前で中臣鎌足さんと後の天智天皇さんに騙まし討ちで首を切られた」っちゅうのも・・

「作り話」

でんな。


 外国(百済)の大使さんと皇極天皇さんが居る目の前でね・・そんなことをしたら、いかに皇極さんが母親だとしてもね~・・、後の天智天皇さんだってただじゃ済まんはずだからね~。ま、皇極さんの即位も


「作り話」


だと思うけんどもね~。


 だからその乙巳の変(おっしのへん)で、入鹿さんの父親、大臣の蘇我蝦夷(そが のえみし)さんは


「もはやこれまで!」

と自宅で天皇記、国記を焼いて自害したとされるけんど、それも、

「作り話」

でんな。


 入鹿さんがいないんだから・・「もはやこれまで」なんて考えないのねん。蝦夷さんはただ・・

「暗殺」

されたのでっしゃろな~。


 ちなみにね・・記紀で「~~の乱」と言うのは、自分たちの相手が歯向かってきた時に使うのねん。自分たちがやったときは「~~の変」・・・他、「改新」とか、綺麗な言葉なのねんな~。ま、フツーに判るよね~。


 でね~・・蘇我氏さんの出自が不明なのねんよ。判らないように・・情報を操作したのねん。不比等ちゃんとか桓武天皇さんとかだと思うけん。でもね・・

「そがのいるか~?」

みたいな親父ギャグ・・もしくは駄洒落好きな、その情報操作をした連中のやったことらしき、

「系図操作」

を発見したのねん・・。これも凄いよ~・・だから、おそらく蘇我氏はここの絡みっちゅうことなのかな~と思ってるのねん。


火で撫でられるマリ」-->・・燃えちゃうじゃん・・

蔵の門につながれた馬の手」-->・・馬の手って・・フツー脚だろ?

呉の原っぱの熊の子」-->呉って、広島かな~?・・それとも中国の?

石占いの蟻」-->なんだそりゃ!

沙汰を待ってるウサギの子」-->・・やな感じ・・

河原の鹿の子」--> 河原に鹿は・・いないよな・・

蔵の垣根に猪」--> ちょっと・・怖いね・・

畝の火で焼かれる?大人」-->大人って大神??

荒田の井戸のサル」-->・・ま~・・はまっちゃったら出られないよね~


 どうすか・・?これ、ちゃんと系図に出てるのね~。それも超有名人の系図なのねん。日本の歴史の授業では必ず出てくる・・あの大将軍!・・しかもエミシを討っちゃう!・・あの、アテルイさんもモレさんも投降したと言う!


「坂上田村麿さん」

の系図なのねん!


 ビックリしたっしょ~?「そがのいるか」と同レベルなのねん・・。じゃ、模範解答でんがな・・

火撫直鞠子
倉門直馬手    
呉原直熊子
石占直阿利
佐多直兎子    
河原直鹿子    
蔵垣直根猪    
畝火直大人    
荒田井直佐留



 これが 「劉姓 坂上氏系図」に出てくる「お名前」なのねん。「直」(あたい)は、朝廷からいただいた姓ね。田村麿さんは、東漢直駒(やまとのあやのあたいこま)さんの子孫なのねん。なので、この系図は東漢氏(やまとのあやうじ)のものでもあるのねん。ネットには有るから探してみて欲しいのねん。


 こんな名前をいただいてもね・・困っちゃうよね~。

「私は洗った井の猿です~!」

「・・はぁ~?」

「・・みどもは・・瓦の四角と申す・・」

「・・あのね~・・ふざけるのも好い加減にしてくれます~?」

みたいになっちゃうのねんよ。


 あ・・後の世だけんども、中央の有名なお役人、和気清麻呂(わけ の きよまろ)さんって方は、朝廷に苛められてね~・・階級を落とされ、大隅(九州)に流されたあげく、

「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」

と改名させられたのは有名な話らしいのねんよ。ま、東漢駒さんだったら・・「駒・・困っちゃう・・」


「・・すまん・・」
・・つ、つい・・

 そんなんでね・・彼らの恨みはねちっこく、いやらしいのねん。だからこそ、殺されはしなかったにせよ、氏(うじ)そのものを抹消された方々もいらしたのねん。蘇我氏もそう・・・で、坂上氏が出た東漢氏こそ、蘇我氏と関連があるんじゃないかと睨んでるのねんな~。蘇我馬子さんは東漢直駒さんを便利に使っていたと記紀にも書かれてるしね。それに東漢直氏とは親しかったようだし・・


 で、「あらはばき」なんだけんども・・・・


 ありゃりゃ・・もうこんな時間・・そろそろ長文にも飽きただろうから続きは次回かな?・・じゃぁまた!アディオース!チャオ~!





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今までで一番笑いました

自分は聖徳太子も実在しなかったと思います(*^^*)

1万円札にまでなった人物ですが
烏帽子と杓子がセットの服装は当時なかったかと

人物像はあとから作られたとしてもメチャメチャすぎますもんネ(^_^;)

坂上田村麻呂の東漢氏で劉性ってまるで中国人ですな!東漢って日本に移ってきた漢人なんすかねー?
しかし蘇我氏は本当謎ですな!スサノオの系図って言ってる方もいたし現代でもぐっちゃぐっちゃに掻き回されてる感じしますね!
あと前回の話ですがトヨケはトヨかな?んでトヨは実は男で豊城入彦命とか!豊城入城彦命=イエスって話があるんでイエス→イサヤ→イチヨとかね!卑弥呼はマリアかね。結局凡愚な俺には言葉遊びのこれが限界の想像力ですわ。
前から思ってた三重の伊勢ってなのが3重なんだろう?3から連想されんのがありすぎて何を指してるか特定できませぬ!
ではっ

Re: 今までで一番笑いました

パイン さん

いつもコメント有り難うございます~!笑っていただき光栄です~。

> 自分は聖徳太子も実在しなかったと思います(*^^*)

 そうですね~・・少なくとも「太子」と言われる人の存在は怪しいですね~。

> 1万円札にまでなった人物ですが
> 烏帽子と杓子がセットの服装は当時なかったかと
>
> 人物像はあとから作られたとしてもメチャメチャすぎますもんネ(^_^;)

 万世一系を言うため、それも長い系統なんだとするため、小国乱立から3王朝、2王朝の並立を隠すために、嘘の上塗り、創作をしたと言うことでしょうね~。
 またコメントくださいね~。有り難うございました~。

Re: タイトルなし

ラブレザ さん

いつもコメント、有難うございます~!

> 坂上田村麻呂の東漢氏で劉性ってまるで中国人ですな!東漢って日本に移ってきた漢人なんすかねー?

 そうですね~・・基本、日本人はみんな渡来人と言って間違いないでしょう。もっとも思いっきり遠い昔に一度出て行ってるかもしれませんが~!

> しかし蘇我氏は本当謎ですな!スサノオの系図って言ってる方もいたし現代でもぐっちゃぐっちゃに掻き回されてる感じしますね!

 蘇我氏を追うのは本当に難しいですが、実はとてもシンプルなことなのかもしれないです。あの東漢氏の系図には、大きなヒントが隠されてるんですよ~。(まだ言ってないけど~)

> あと前回の話ですがトヨケはトヨかな?んでトヨは実は男で豊城入彦命とか!豊城入城彦命=イエスって話があるんでイエス→イサヤ→イチヨとかね!卑弥呼はマリアかね。結局凡愚な俺には言葉遊びのこれが限界の想像力ですわ。

 そう・・。そこも実はシンプルで、伊勢外宮のトヨウケは~~~で、古事記のこの場面の豊宇気毘売神は~~で・・のように、分けて考えると良いのかもしれませんね~。卑弥呼も同じで、皇大神宮に祀られてるのは~~、~~、~~で・・、魏書に書かれた卑弥呼は~~で・・のようになるのかなと思います。そうじゃないと天照は男女になってしまいます~。

> 前から思ってた三重の伊勢ってなのが3重なんだろう?3から連想されんのがありすぎて何を指してるか特定できませぬ!
> ではっ

 結構、三重とか三重構造、△x2とかが暗示しているものが有りますよね。いずれその辺りの詳細も書きたいと思ってます~。またコメントくださいね~。有り難うございました~。

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 何でこんなに判らんことが多いのかが良く判らん!その判らんことの答えを探して旅に出たつもりが、その答えも見つからんうちにもっと判らんことの答えを探す旅に出ることになっちまったい・・・
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