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さよちゃん






 彼女は四国の生まれ。子供の頃の多感な時期を過ごした。

 特殊な能力を買われて、九州に連れて行かれた。そして巫女になった。

 しばらくして何故かは判らないけれど、長い距離を移動して今で言う宮城県に移動した。

 そこは、海と川と山が見える静かな土地で、周りを沢山の兵に取り囲まれた小さな屋敷で弟と暮らした。そこでは他の人と顔を合わせたことはなかった。争いなどまるで無かったし平和だったけど、結婚はしなかった。鏡は時々使った。そして死んだ。ほど近くに葬られた。

 彼女の本当の名前は「さよ」。でも「ヒルコ」と呼ばれた。長い時が流れた今でも、日本人なら彼女のことは誰でも知ってる。そしてなぜか「卑弥呼(ヒミコ)」と呼ばれている。



 何が真実なのか、本当に判らんよね~。ファシレのおじさんも初めてこの話しを聞いた時にはね・・


「え~・・本当~?・・・有り得んな~・・宮城県だけは・・」


と思ってたのねんな。(前にも書いたな・・ま、いっか)でも色々と倭人を調べて行く途中で色々判ってきてね、全くの否定は出来ないんだな~。

 まずね、宮城県っちゅうのは日高見(ひたかみ)の国と言われてたようでね。ホツマツタエによると、あのアマテラスも日高見にいたことになっちゅうのよ。ま、その後は富士に行ったようなのねんけどね~。

 宮城には多賀城と言うところが有って、どうもその辺りに「さよちゃん」は居たようなのねん。そこで何やらやってたらしいのねんけんど、多くの兵に囲まれていて外にでることはなかったようなのねんよ。

 多賀城と言えば、有名なのは多賀城国府跡、そして「城」って付いてるくらいだから、少なくとも「柵」のような防護施設があったのねん。皆さんも知ってる通り、「蝦夷(えみし)」に対する城なのねんな。


 卑弥呼さんと言えば邪馬台国(やまたいこく)の女王だったっちゅうことは、誰も否定できない事実なのねん。記紀は徹底的に痕跡を消した訳だすな。しかし・・・魏志倭人伝にしっかり書いてあってね・・。やっちまったな~!・・不比等ちゃんも・・。でもま、さよちゃんは大体だけんど西暦170年位から250年位までの生涯だったと言われてるのねんよ。

 で、「さよちゃん」が言うにはだよ・・

「ニギハヤヒは私の真似をしただけ・・今で言う追っかけみたいなもん」

 だそうだ。


 これもね・・・ファシレのおじさん的には、

「どっひゃ~!・・マジすか?」

なのねんな~。・・だって、さよちゃんの生涯が西暦170~250年位だとしたら、ニギハヤヒはその後の人っちゅうことになるじゃんね~!

 ニギハヤヒさんは、WIKIによると

ニギハヤヒノミコトは、日本神話に登場する神。『日本書紀』では饒速日命、『古事記』では邇藝速日命と表記する。『古事記』では、神武天皇の神武東征において大和地方の豪族であるナガスネヒコが奉じる神として登場する。ナガスネヒコの妹のトミヤスビメ(登美夜須毘売、日本書紀では三炊屋媛という)を妻とし、トミヤスビメとの間にウマシマジノミコト(宇摩志麻遅命)をもうけた。ウマシマジノミコトは、物部連、穂積臣、采女臣の祖としている。イワレビコ(後の神武天皇)が東征し、それに抵抗したナガスネヒコが敗れた後、イワレビコがアマテラスの子孫であることを知り、イワレビコのもとに下った。

『日本書紀』などの記述によれば、神武東征に先立ち、アマテラスから十種の神宝を授かり天磐船に乗って河内国(大阪府交野市)の河上の地に天降り、その後大和国(奈良県)に移ったとされている。


みたいになってるのねん。

 ま、饒速日命は出雲族の首長の富長脛彦と義兄弟だったが、彼を切り、東征してきた神武天皇に大和の地を譲ったとされてるのねんな。そしてニギハヤヒさんは物部氏の始祖となった・・っちゅう訳。

 卑弥呼のことは記紀は全くウヤムヤしてしまってるけんども、実はニギハヤヒのこともかなり隠してしまってるから、これも良く判らんのよねん。

 でもね・・物部氏の子孫だっちゅうことで調べてみると、

とっても有名な物部氏は、やっぱり「物部守屋(もののべのもりや)」さんだと思うのねん。彼が蘇我氏に負けて亡くなったのは西暦587年なのねん。で、物部氏の系図を調べてみると、ニギハヤヒさんから守屋さんまでちょうど15代なのねん。でね・・1世代30年で次世代へ継ぐと考えると、15x30=450年・・。守屋さんが亡くなったのは西暦587年だから、587 - 450 = 137年・・ありゃりゃ?・・だめだこりゃ。さよちゃんよりも若くなっちゃう・・

 じゃ、1世代を27年で次世代へ・・としてみるとどうかな・・? 15 x 27 = 405年。587年 - 405年=182年・・・ニギハヤヒさんの誕生年は西暦182年くらい!?

「おっ!・・いい感じじゃん!」

 そうなのねんよ。さよちゃんが言うように、

「ニギハヤヒは同族で後輩・・私の追っかけだった」


っちゅうのも、アナガチ間違いとも言い切れなくなってきたのねん!後輩のニギハヤヒ君、まんざらでも無かったのかな~・・かわいそうな「さよちゃん」。


 でもさ、ニギハヤヒさんもアマテラスさんから十種神宝を授かったって・・


「思ったよりアマテラスさん、若いじゃん・・」


 
いや・・そこじゃないんだな、今回の突っ込むポイントは・・。


 ニギハヤヒさんがトミノナガスネヒコさんと大和を治めた後に神武天皇さん、つまり「イワレビコさん」が東征して来たんなら、神武天皇さんって4世紀位の方になっちゃうじゃん・・。


 いや・・だから突っ込みポイントはそこでも無いんだってば・・。


 でも、っちゅうことは何?・・卑弥呼さんは「物部一族」・・もしくは関連支族っちゅうことになるのねん!・・こりゃ困った・・卑弥呼は邪馬台国女王と言われたけんども、天孫ニニギさんとは別の系統っちゅうことになってしまうのねん!


 卑弥呼さんに関しては、海部氏系図、尾張氏系図に名前が出てるっちゅう話しが有って、ファシレも確認しとるのねんけんど、何せ、


「ひみこ」
っちゅう個人名とは思えない「女の子(ひめみこ、ひめこ)」みたいな抽象的な名前なもんで、似たような表記が実に多いのねん。なので、系図上のその次世代あたりに


「トヨ」
が付く女の子がいるとね・・後継者の「豊」(とよ・・イヨ、イチヨと言う説も有るが)


「卑弥呼に間違いない!」
みたいになってしまうのねんな。・・ま、これも、記紀が都合の悪いことを隠したり、ごった煮にしたりした性なのねんけんどね~!


 でね・・さよちゃんのことはとりあえず置いといて、「蝦夷(えみし)」「戎(えびす)」のことなのねんけんど、前にちょっと書かせてもらったのねん。で、書き忘れたっちゅうか、書かなかったことがあるのねん・・それは、


「蝦夷(えみし)と呼んで差別対象になったのは異民族だからではない!」
のねん。

「蝦夷(えみし)は基本、朝廷の同族、同系統のことを言う!」
のねん!つまり、そのときの朝廷に楯突く同族・・反逆者、祀ろない者たちのことを言ったのねん。ま、違う族同士が同じ土地で習合もしてるし、当然ながら例外もあるけんどね。同族、同じ流れながらもお互い反目して、勝った方の体制側が、負けて逃げた反体制側の同族たちを憎しみ込めてそう言ったわけだね・・。日本神話のイザナギ、イザナミの最初の子、ヒルコが葦舟に入れられ流され、蛭子神(水蛭子、蛭子命=エビスシン)と言われた様ににね。


 言ってみれば、兄弟喧嘩の連鎖が恨み憎しみの連鎖を生んで、取った取られた、やられたから逃げた・・またやり返した・・の繰り返しなのねん。


「あれ~・・?なんだ・・今でも世界中でやってるのねん?」



 本当かどうか判らんけんどね、あの須佐乃袁尊(スサノオノミコト)さんの息子さんともされるニギハヤヒさんだから、スサノオさんのことも随分と長いこと調べたのねん。八岐大蛇(ヤマタのおろち)退治の話しは有名だよねん?・・ま、テナヅチ、アシナヅチの娘がヤマタのおろちに喰われてしまっていて、後に残った末娘の櫛名田比売(くしなだひめ)も喰われてしまうところをスサノオさんが助けて嫁に貰う話しなのねん。


 結局、酒を飲ませて酔っ払わせて、神剣の十拳剣(とくさのつるぎ)でぶった切ってヤマタノオロチを殺したのねん。そしたら十拳剣が欠けたので、良く見てみると尾から剣が出てきたのねんな。


 それが草那芸之大刀(くさなぎのたち)なのねん。アマテラスに献上されたその剣は、後々、ヤマトタケルの手になり、大活躍するのねん。・・実にうそ臭いのねん。


 でね・・ここが肝心・・。ヤマタのおろちっちゅう大蛇は本当にいたのけ??


 実はこれはね・・出雲の地にヤマタ族のオロチさんっちゅう・・とっても乱暴な奴がおったらしいのねん。ま、出雲族じゃなくて、きっと山田族って自称しとったんでっしゃろな~・・。青銅の剣から鉄剣に変わって行くことがモチーフになっとると思うけんどもね~。出雲族っちゅうのは実際には自分たちのことを出雲族とは言わんかった可能性があるっちゅうことでんな。クナトの大神の後継ではあるけんど、習合して行く途中で、大陸の北から来たオロチョン族も混じったっちゅうことなのかもしれん。

 でねでね・・ここが一番肝心・・ヤマタのおろちを切った十拳剣(とくさのつるぎ)に別名が有ってね・・それがなんと、

天羽々斬(あめのはばきり)っちゅうのねん。

天羽々斬(あめのはばきり)とは日本神話に登場する刀剣。須佐之男命がこの剣でヤマタノオロチを退治したと伝わる。「天羽々斬剣」(あめのはばきりのつるぎ)、「布都斯魂剣」(ふつしみたまのつるぎ)とも言う。別名「蛇之麁正」(おろちのあらまさ)。


 ・・・ね?・・びっくりだしょ?・・すっげ~・・でも・・えっ?・・何がびっくりか判らんぞと?

(このパターンは前のブログと同じだな~)


 だってさ、

「あめのはばきり」

でっせ?

「あめのはばきり」-->「あめはばきり」-->「あらはばきり」-->・・・「あらはばき」!!

どっひゃ~!




・・長くなったので続きはWebで!・・いや、次回!・・またね~、アディオース、チャオ~!
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No title

ファシレ様

初めまして!
山田さんのブログとファシレさんのブログ
合わせて、こっそり読ませて頂いておりました。
初コメしてみました。

ニギハヤヒが卑弥呼の真似事をしていたとは
驚きですね。

以前、随分前の事で記憶が定かではありませんが
「古事記」の登場人物や語られている出来事を
脳や意識に置き換えて、書かれた書物を読んだことがありました。

著者も何方か覚えていませんが、斬新な切り口で捉えていたので
とても面白く印象的でした。

その中の、ヤマタノオロチは(意識)だったと思います。
ファシレさんに「ヤマタノオロチは実在したのか?」問われると
やっぱり?ですよね。

しかし・・トクサノ剣がアメノハバキリ・・・ですか?!
おもしろいですね!

山田族のオロチちゃん
青銅の剣から鉄剣に変わって行くことがモチーフ
三次元脳から二次元脳へ変えて行くことがモチーフ

そして・・・アラハバキ

長くなってしまいました。
ブログの更新楽しみに待ってま~す。
よろしくお願いします。

Re: No title

くららさん

初めまして!コメントいただきまして有難うございました~。

> ファシレ様
>
> 初めまして!
> 山田さんのブログとファシレさんのブログ
> 合わせて、こっそり読ませて頂いておりました。
> 初コメしてみました。
>
> ニギハヤヒが卑弥呼の真似事をしていたとは
> 驚きですね。

は~い。大体、接点があったこと自体がビックリですよね~。


> 以前、随分前の事で記憶が定かではありませんが
> 「古事記」の登場人物や語られている出来事を
> 脳や意識に置き換えて、書かれた書物を読んだことがありました。
>
> 著者も何方か覚えていませんが、斬新な切り口で捉えていたので
> とても面白く印象的でした。
>
> その中の、ヤマタノオロチは(意識)だったと思います。
> ファシレさんに「ヤマタノオロチは実在したのか?」問われると
> やっぱり?ですよね。
>
> しかし・・トクサノ剣がアメノハバキリ・・・ですか?!
> おもしろいですね!

 そうなんですよ・・。トクサノツルギって言うのはどうやら一般名称らしく、記紀には何箇所か出てきます。山幸彦も海幸彦に借りた釣り針を無くしたので、自分のトクサノツルギを潰して、沢山の釣り針を造ってますね。


> 山田族のオロチちゃん
> 青銅の剣から鉄剣に変わって行くことがモチーフ
> 三次元脳から二次元脳へ変えて行くことがモチーフ
>
> そして・・・アラハバキ
>
> 長くなってしまいました。
> ブログの更新楽しみに待ってま~す。
> よろしくお願いします。

 有難う御座います・・どうやら山田族と言うよりも山陀族と書くように思いますけども、情報がほとんどないので難しいところではありますね~。脳の階層を行きつ戻りつしながら想像しています~・・

 次回はアメノハバキリ<-->アラハバキに似たようなことについて、少し膨らましてみようかと思ってます・・・。またコメントくださいね~。有難うございました~。

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 何でこんなに判らんことが多いのかが良く判らん!その判らんことの答えを探して旅に出たつもりが、その答えも見つからんうちにもっと判らんことの答えを探す旅に出ることになっちまったい・・・
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