蝦夷(エミシ)は七福神の恵比寿様?






 日本と言う国はとても面白くってね・・いや、日本人はお目出度い・・と云うべきなのかもしれんけんど、学校でもどこでも・・、

「日本人は万世一系」

 なんて言われはしないまでも、

「天皇家は万世一系」

 などと聞いただけで、

「日本人は単一民族!」
みたいな言葉を追認してしまって、民族主義者でも無いのにいつの間にかそんなつもりで生きてしまっているのねんな。・・・実に目出度い。

 だから、ちょっと前の戦争・・・あれはきっと2つ(以上?)の戦争を一緒にやったっちゅうことなんだろうけんど、一般国民も政府や官憲、その手先連中の言葉に踊って、いい気になって、

「日本人以外は人間じゃないんだ」

と吹き込まれると、もうその気になっちゃって・・外国の地でやりたい放題をしたんじゃないかとも思えるのねん。

 ま、海軍と陸軍は違う理念で違う戦争をしていたように思えるけんど、今はそこは余り関係ないので軽くスルーしておくとはしても、

「島国」

ちゅうことに、良くも悪くも影響されているのは間違い無いと思うのねんな。

 地図を見てもね、ついつい、日本列島を見てしまう。そこが日本なんだと思ってる。でもそんなことには、何も意味は無いのねんよ。地図にはもしかしたら国境線は書いてあるかもしれんけんど、日本の周りのどこにも、

「柵」

が無いんだな~。

 これはね・・有る意味、めっちゃ特異なことなのねんよ。特に大陸の人間にとっては・・ねん。国境には常識的に柵が有って、隣国同士で仲良ければ国境を行き来できるように検閲所とか、イミグレーションがあるけんど、戦争状態になっちゃったら閉鎖されちゃうしね。(そのくらいならまだ良いが、島国根性・平和ボケの日本人旅行者が、何の考えも無しに国境の柵の近くに寄ってしまおうものなら・・・警告無しに・・普通に狙撃されまっせ。国境線に近付いても銃撃されないのは、まんず日本だけだすな。優しいな~。)


 ところが島国の日本は簡単にはいかんのよ。海の中に柵でも立てるのかな~・・?・・無理ぴょん?むしろ、国土の中に柵を作っちゃって、一応外国の軍隊を閉じ込めているようにも見えるけんど、治外法権を与えて好き放題させてるのねんな・・。ま、見方言い方も有るけんどね。


 その日本を描いた地図だけんども、じゃぁもし、今が古代だったらどう見たら良いのかな・・?やっぱり日本列島が日本だと・・そのように見るだろうか。

 例えば朝鮮半島も中国も台湾もロシアも・・もしかしたらグアムもハワイも・・日本と言えるような状態だったのかもしれんよね?でも今の国境、島国根性、島国目線から判断してしまう自分がいるはずなのねん。

 だから、「倭人」を理解しようと思えば思うほど、そんな島国目線、根性から思いっきり離れてみないと、何も見えてこないっちゅうこと、判ってもらえると思うのねんよ。つまり、倭人は大陸のアチコチの人、半島の人、南洋の人、北洋の人、エトセトラ・・・そりゃぁもう・・ぐっちゃぐちゃのごった煮状態・・のはずなのねん。


 例えば、「武士」と言う言葉が有る・・・「ぶし」と読む・・「たけし」とも読むかもしれん・・たけふじじゃぁないけん・・(^^・・でも猛々しいの「たけし」かもしれんしね・・。この武士っちゅうのは、少なくとも飛鳥時代(592–710)から奈良時代(710–794)までは、いなかったと思うのねんよ。それ以降、平安時代から鎌倉時代にかけて、武士っちゅう存在が出てきたように覚えてるのねん・・。

 鎌倉時代(1185年頃-1333年)っつうと、源頼朝さんによる鎌倉幕府でんな。頼朝さんは力を付けてきた武士の頂点の征夷大将軍として、天皇、朝廷に代わって政治をしたと・・そんなように覚えとるけんどね。東国だけなのかな・・ま、それも見方や言い方によるかもしれん。

 じゃあ、征夷大将軍ってなんぞや?・・戦国時代を勝ち残った徳川家康さん、以降の徳川15代に渡って、その職に就いたと知ってるから言葉は知ってるし大将軍は判るけんど、征夷ってなんぞや?と言うことに成る。誠意大将軍っても、昔ちょっと流行ったけんど・・(爆

 征夷は、蝦夷(えみし、えぞ、えびす)を征する・・ちゅう意味だっちゃ。毛人とも書く・・。毛の人だっせ!?つまり、エビス退治の指揮者、責任者っちゅうことでんな。

 じゃぁじゃぁ、蝦夷って誰のことなのか・・知ってると思うけんども、「東北地方に住んでる人たち」のことを、西に構える朝廷側がそのように呼んだわけだすな。若い子達なら、

「え?・・恵比寿様を退治しちゃうの~?」

などとおっしゃるかもしれんけんども、そうそう、その感覚が非常に大事なのよねん。エビス様を退治するのが征夷大将軍、鎌倉幕府は源頼朝公なのねんよ!・・・なんだか、とっても、変だよね~・・。七福神のエビス様を退治するのが幕府の長のお役目だなんて!そしてその長が政治を司るなんて~!日本って・・変~!


 大体ね・・・学校で勉強することとか、これが日本の正しい歴史なんだとか、されていることっちゅうのは、勝者側の勝手な言い分に過ぎんのねんよ。8世紀頃は「藤原氏」の都合の良いように・・・日本書紀に書いちゅうの。焚書(ふんしょ)と言って時の権力者たちは、昔から各家、氏に伝わる書、系図を提出させ焼いた。だって、本当のことがバレると邪魔になるからね。そして都合の悪いことは全く省き、もしくは正邪を逆転し、系図を書き換え、

(・・つまり朝廷が無理難題を押し付けたのにも関わらず、「エミシが反乱した」位は、たまに書くけど・・)

前後の脈略がある程度合うように書いた訳で、それをそのまんまとは言わないまでも、ほぼ正史として扱ってきたから、

七福神エビス様を退治する征夷大将軍の源頼朝の鎌倉幕府

 などという、支離滅裂理解不能な日本語がまかり通せるようになってしまうのねん。


 頼朝さんは天皇家の血筋で源朝臣・・・そして武士の棟梁なのねん。でも、武士は・・鎌倉時代が1185年からだとしても、その300年前にはそのように呼ばれる存在はいなかったのねん。第56代清和天皇から出たと言われる清和源氏の系・・清和天皇は850年頃のお人。その300年の間に専業の「武士」が生まれたのねんよ。「たけし」じゃ無い方ね。金融業の「たけ・・・いや。。すまん・・



 少し飛ぶけんど、エビス、エミシは一体、誰のことを言うのか・・。だって、それを退治するのがお仕事の鎌倉殿源頼朝さん。さらに時代を遡ると・・・

「坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)」さん

 ちゅう方が居られたのねん。生誕は758年、亡くなられたのが811年6月17日と・・Wikiに書いてあったのねんが、797年11月5日に征夷大将軍に昇格して、蝦夷のアテルイさんとモレさんを討ち、東北の地を平定したそうな。

 つまり、七福神のエビス神でおられるアテルイ様とモレ様を殺したのが田村麻呂さんだっちゅうことなのねんな。


「あれ~?!七福神、殺しちゃっても・・いいのかな~!?」


 ま、朝廷(その頃は桓武天皇さん)はきっと、

「いいとも~!」

と言ったのでしょうな。田村麻呂さんはとっても有名なお方だし、日本全国に伝説が残り、神社でも沢山祀られていらっしゃる凄い方・・だすな。


 でも、読み方はど~でも良いにせよ、「えみし」が「えびす」になるのは・・そして、七福神の一神になるっちゅうのはどういうことなのか判るかな~?

 実はね・・東北では「金」が出たのねんよ。「きん」ね・・「かね」じゃおへんよ。中尊寺の金色堂でも判るとおり、装飾品としては一流でも、光るだけで柔らかい、道具にも武器にも使いようの無い大量の砂金は、古代の東北人たちにはほとんど無用のものだったらしいのねん。

 で、有ることからその東北人・・つまり「えみし」たちがその砂金を朝廷にプレゼントしたのねん。そしたら天皇はじめ、朝廷の公家さんたちも思いっきり舞い上がってしまって~・・・その結果、「蝦夷、夷、戎、蛭子、胡、恵比須、毛人」は七福神の恵比寿様になったのねんよ・・・(たぶんね・・その有ること・・は、いずれ書く機会が有ると思うけんど~)。


 でね・・田村麻呂さんもね・・実は蝦夷だったんじゃないかと言われてるのねん。朝廷のやり口というのは、

「蝦夷を以て蝦夷を征す」

 が基本・・。今風の言葉だと毒を以て毒を制すだすな。脅してすかして懐柔した力の強い蝦夷たちに、同族討ちをさせたのねん。自分の手は汚さない主義、綺麗好きなのねんな。田村麻呂さんの田村は福島県田村郡の田村だと・・そして、父親の苅田麻呂さんは蔵王のある宮城県刈田郡の出身・・と云う説がある。

 つまりね・・。蝦夷は、東北の人々は、めっちゃ強かったのねんよ。軍人として・・武人としてね。だから懐柔して取り込む必要が有ったのねん。防人(さきもり)という言葉を聞いたことがあるかもしれんけんど、663年の「白村江の戦い」で唐・新羅連合軍に負けた大和朝廷は、大伴氏率いる九州の軍人、久米部たちだけでは国を守れないと、佐伯部と言われるエミシたちを懐柔して、九州は筑紫に配置したのねんよ。・・親や子、女房と別れさせられた上、知りもしない土地に連れてこられて、柵や城を作ったり戦ったり・・大変な目に有ったのねん。


 でね・・・。その、防人たちが国に帰って、もしくは途中で居付いて、主従関係が出来て・・次第に勢力を増した・・そして、徐々に集団を作り、習合して行って・・「武士」になったと思われるのねん。

「武士(ブシ)」だが「ブス」でもある・・「エビス」-->「エブス」-->「ブス」-->「ブスっと刺す?」-->「ブシ」

うにゃ~

 大体ね・・朝廷からは、あの源頼朝さんでさえ、

「東夷」

と呼ばれてたのねん。東国のエビスさん・・・アズマエビス・・・でんな。つまり、アズマブシ(東武士)・・。

 話しを戻すと、とどのつまりが、自分達以外の朝廷を祀ろわない(まつろわない)者たちを蔑んだ蔑称・・がエビスで有り、金という膨大な利益をもたらしてくれたもんだから、これまた蔑んだ(さげすんだ)意味を持っての・・七福神への習合なのねんよ。

鴨がネギ背負って船に乗って・・・

なんてね。

 ぶっちゃけ言っちゃえば、七福神に習合された神様っちゅうのは、体制側の朝廷が滅ぼした何とか族とか、朝廷に逆らった者たちそのものなんだな~。少なくとも恵比寿、大黒、弁才天はね。我々はそんな殺戮された神様に商売繁盛とか恋愛運向上とか、色々とお願い事をしてる訳だすな~。

 もっと言っちゃえば、神社で祀られるってのはほとんどがそういった過去を自分達に都合良くするためにそうしてるってこと・・(例外は有るよ。自分達の氏神を祀ってることも。でも、そこを権力者達は利用したわけ)。それに元々は違う神様を祀っていたのに、いつの間にか権力者たちに変えられてしまってもいる。


 日本人の心のどこかにある、

「自分と同じ価値観を持たない者への蔑み」

が、蝦夷とエビス・・そして武士を生み、ちゃんちゃんばらばらと散々やって、どんどんパチパチと鉄砲や大砲うを撃ち爆弾を落として、それでも懲りずに化け物の 原 発まで作って・・今に至ってるのねん。

 震災で不幸に合い、大変な思いをしている方も大勢いらっしゃる・・でも、その方々でさえ、

「 原 発 が動き出さないと生活ができん」


 ・・・・


 そして、その蔑みの心が「相手を人間とは思わない」に発展するともう、その先は今まで散々に繰り返してきた歴史があるから誰にでも判る。

 今も昔もちっとも変わらん構図だと思うのじゃが・・いかがだろうか。ファシレのおじさん自身も、自分と同じ価値観を持たない者への蔑みと言ったが、「哀れみ」と言い換えて自身の感情にしたいと思うのねん。もう、そんなことは止めよう・・で良いはずなのねん!「倭人同士の心からの許容」が必要だと思うのねん!基本、相手の嫌がることをしない・・、相手を尊重する・・それが倭人の理念だったと思いたいのねん。

 エビスがエビス様・・真正面からそう思えば良い。それだけだと思うのねんよ。

 ちょっとま、綺麗なエンディングでは無いけんども、少しずつ倭の歴史も書いて行こうと・・思うのねん。ではまたね~よろぴく~!ばいなら~!





スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

日本は間違いなく他民族国家

顔立ちだけ見ても南はポリネシア系、東南アジア系、半島から来た人たち、殷(商)の末裔とおぼしき人たち、中央アジアからも様々な民族、ヨーロッパはノルウェー、スウェーデン、フィンランド、アイルランド、北方ロシア、世界のあらゆる場所から移り住んでるのは間違いないところ。それは世界のひな形たる所以、故か。
良くも悪くも、そのことに気づかせないでいるのは「世界は一つ」を下ろすためかも。

Re: 日本は間違いなく多民族国家

のま さん

いつもコメント有難うございます~。

> 顔立ちだけ見ても南はポリネシア系、東南アジア系、半島から来た人たち、殷(商)の末裔とおぼしき人たち、中央アジアからも様々な民族、ヨーロッパはノルウェー、スウェーデン、フィンランド、アイルランド、北方ロシア、世界のあらゆる場所から移り住んでるのは間違いないところ。それは世界のひな形たる所以、故か。
> 良くも悪くも、そのことに気づかせないでいるのは「世界は一つ」を下ろすためかも。

 そうですよね。実に沢山の人種、族の習合が日本人だと理解しています。けど、一般的に言うと、かなり「単一民族意識」が高いように思うなぁ・・・。時の流れの中で、それぞれの人がその時には苦しみつつも、将来に繋げる努力をされてきたのでしょうね。

 世界の雛型・・みたいな感覚自体は、ファシレにはまだ良くは判りませんが、そのような意識は、きっと自分・自分達以外の人々をもきちっと見つめられる、そして許容できることの上に成り立つものだと思います。民族主義の上に立つものでは無いんでしょうね。またコメントくださいね。有難うございました~。

エビス

エビスビールのみたくなりました。
最近、遡って、呼吸の記事を読んでる蛙です。

平泉の金って赤っぽいんてすよね~☆

金の鉱山いっぱい東北にはあって
たいてい、水がやたら素晴らしい所だったり
して。そういうところはいても気持ちいー。デス。

サードアイでいろいろ見えてる人をガイドに
北東北を旅したときに、蛙は、ふるーい蝦夷だったり、はたまた、別の土地に移されて何代かしてからまたもどって、ずっといた蝦夷たちにうけいれてもらったりした側だったり。したんだよど教えてもらいました。何回も何回も北東北に生まれているよ、って言われて、それがほんとなら、どちらも体験したんだなって嬉しく切なくなったなり。

さて。いま、足元にある日常でなにができるか。

また、遊びにきます。楽しみにしてます~☆



Re: エビス

蛙 さん

いつもコメント、有難うございます~。

> エビスビールのみたくなりました。
> 最近、遡って、呼吸の記事を読んでる蛙です。

 有難う御座います~。呼吸の連載続きをいつ書くか・・・XXでしょ!・・とは言わない・・(^^でもいずれ書きますよ~。

> 平泉の金って赤っぽいんてすよね~☆

 そうなんですか・・知らなかった~。見たいな~・・


> 金の鉱山いっぱい東北にはあって
> たいてい、水がやたら素晴らしい所だったり
> して。そういうところはいても気持ちいー。デス。

 確かに、昔、とある東北の聖地?の、麓の湖に・・キラキラと光る砂金を見ました。場所は言えませんが~!

> サードアイでいろいろ見えてる人をガイドに
> 北東北を旅したときに、蛙は、ふるーい蝦夷だったり、はたまた、別の土地に移されて何代かしてからまたもどって、ずっといた蝦夷たちにうけいれてもらったりした側だったり。したんだよど教えてもらいました。何回も何回も北東北に生まれているよ、って言われて、それがほんとなら、どちらも体験したんだなって嬉しく切なくなったなり。

 お~・・・実は、正にその部分をそのうちに書こうと思ってたんですよ。上手く書けるかは不安ですが、遠からずトライします~。


> さて。いま、足元にある日常でなにができるか。
>
> また、遊びにきます。楽しみにしてます~☆

 またいらしてください。よろしくです~。有難うございました~。

海川

宮城県南部海沿い住みの蛙です。
ふたたびおじゃまします。

なぜか、雄勝町や、氷上山に行きたくなりました。北上川河口のあたりは、震災のイメージがみんな強いのでしょうね。わたしも震災後に河口から、海岸線を車で走りましたが、それをじかに目にしても、わたしにとってはあのあたりは、1000年も変わらない、まほろばの王国。数年前にマウンテンバイクで北上川河口のリアス山に上がり、針葉樹の森から、川と海を見たあの光景が強く記憶の中から今朝甦りました。

山田講習後、内在エネルギーがヤバイです。はやく、まとまれ~自分☆

おじゃましました~☆

Re: 海川

蛙 さん

いつもコメント有難う御座います~!

> 宮城県南部海沿い住みの蛙です。
> ふたたびおじゃまします。

 あ~・・風光明媚な素晴らしいところにお住まいですね~。羨ましい~。

> なぜか、雄勝町や、氷上山に行きたくなりました。北上川河口のあたりは、震災のイメージがみんな強いのでしょうね。わたしも震災後に河口から、海岸線を車で走りましたが、それをじかに目にしても、わたしにとってはあのあたりは、1000年も変わらない、まほろばの王国。数年前にマウンテンバイクで北上川河口のリアス山に上がり、針葉樹の森から、川と海を見たあの光景が強く記憶の中から今朝甦りました。

 そうでしたか。日高見の国なのかな~。ファシレも何度か行きましたけど、本当に自然がそのまんまに残ってる土地でした。基本、観光地めぐりですが、観光地から観光地に行くのも・・物凄く時間が掛かるけれど、むしろそっちが観光だろ!・・みたいに思ってました。まだ若い頃ですけどね~。

> 山田講習後、内在エネルギーがヤバイです。はやく、まとまれ~自分☆
>
> おじゃましました~☆

 確かに、通り始めると・・けっこうキツイですよね。後はやっぱり、それをコントロールできるようにならないといけないので大変かな~・・。ファシレにはできんな~!またコメントくださいね。有難うございました~。
プロフィール

NSY3

Author:NSY3
 何でこんなに判らんことが多いのかが良く判らん!その判らんことの答えを探して旅に出たつもりが、その答えも見つからんうちにもっと判らんことの答えを探す旅に出ることになっちまったい・・・
不徳の致すところでございます♪♪またまたどちらに「おでかけ・・レソか?」今回は夫玉を探しに・・、おっと~!違った、音霊を探しにおでかけレス!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧

aquarians

アギタの神が住む鎮守の森

山田貢司のどこに行くのか?バカボン一家
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR