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日本 その6





2017/01/29、誤字脱字訂正、ちょっと加筆したのねん


 まぁ・・「卓淳国」が「橘」の由来だぁ・・なんて言われてもね~・・・

「・・んな訳あるかい!・・ただの言葉遊びに過ぎないじゃないか!」

「・・ま、読みは近いかもしれんけど、そこまでピッタリじゃ無いしね~・・」

などと言われるのが結局のオチ・・


 っつ~ことになってしまうのだけんど、何しろ・・・

「証拠が無い!・・全て闇に葬られ、消し去られている!」

のねん。


 だから、真の歴史を解明するには、明らかに嘘をつき、もしくは事実を変えて意図的に変更されている部分から真実を類推する・・ことも大事だし、その上で、

「もしかしたら存在するかもしれない記紀の暗号を読み解く!」

ことしか方法が無いのねん・・。それには記紀に書かれている様々な名称の由来や意味を紐解くこと・・それはほとんど、発音を漢字にあてはめたもんだから、漢字の意味を知る現代人とは異質のものになってるのねんし・・ただしその時代、秦人・呉人らも列島に入って来て入朝してるのねんで、弁韓・辰韓にゃぁその方々も沢山いらっしゃったのんで、何せ、万里の長城の建設労働が嫌で逃げて来たのが辰韓だからね・・中国的感性が生きてる場合もある・・・ま、真実を想像・・もしくは霊視出来たとしても、証拠となりそうなものはそれを利用しての、「記紀の暗号解読」しかない・・と思うのねんな~・・。

 だから、弁韓・辰韓と言われる百済と新羅の中間・・と言うよりも、西暦400~500年代は確実に新羅寄りの地理的場所に有った「卓淳国(たくじゅんこく)」こそが「橘(たちばな)」の由来で有って、

「卓淳国をその頃の直近の新羅風な卓淳伐・達句伐にし、その発音を漢字で当てて橘(たちばな)として縣犬養美千代さんに名乗らせ、橘氏を生んだ」

のねん。

 そしてそれは、常世の国から非時香菓(ときじくのかくのみ)を垂仁天皇さんのために探して持ち帰った・・とされる、田道間守(たじまもり/たぢまもり)さんから始まるのねん。

 さらに田道間守(たじまもり/たぢまもり)さんは、新羅出身の王子とされる「天日槍(日本書紀)」、「天之日矛(古事記)」さんが列島にやってきたことから始まり、田道間守はその子孫とされてるのねん。

 つまり、列島にはどこにも存在し無い「日本」の名称に最も近い「ひほこ」・・日本の読みは「ひほん」だしょ?・・だから「ひほんこ」だとするなら、非常に近い読みになるのねん。

 何せ「天日槍」を「あめのひほこ」とは・・フツー・・読めんだしょ?「あめのひやり」で、「槍」は「やり」・・「ほこ」じゃぁ・・無い・・ものを、無理槍・・いや、無理やり「ひほこ」と読ませてるのねんよ?

 ほんとうは「日本子」としたいけんども、それじゃぁあんまりにもバレバレだしょ?・・謎かけにならんのじゃぁしょうも無いのんで、「槍」や「矛」・・と記紀で書き分け、そこに・・気付く者が居たらば・・と思ったかどうかは分からんけんど、

「矛盾」

を想像させつつね・・「日本」のルーツをしのばせたのねんな・・。


 だから記紀では、壮大なお涙頂戴物語を載せてね・・記紀の暗号としたのねん。


 証拠もあるのねんよ。「三宅連(みあけむらじ)」は「天之日矛」の後継子孫と言われてるけんども、その名もね・・

「三宅(みあけ・みやけ)=「官家(みやけ)」=「屯倉(みやけ)」

なのねん。

屯倉(みやけ)
とは、ヤマト王権の支配制度の一つ。全国に設置した直轄地を表す語でもあり、のちの地方行政組織の先駆けとも考えられる。
概要
「屯倉」は『日本書紀』の表記。『古事記』・『風土記』・木簡では「屯家」「御宅」「三宅」「三家」とも表記される。「官家」もミヤケと読まれることもあり、後に「郡家」はコオリノミヤケ、「五十戸家」がサトノミヤケと読まれた可能性がある。ミヤケのミは敬語、ヤケは家宅のことで、ヤマト政権の直轄地経営の倉庫などを表した語である。それと直接経営の土地も含めて屯倉と呼ぶようになった。屯倉は、直接経営し課税する地区や直接経営しないが課税をする地区も含むなど、時代によってその性格が変遷したらしいが、詳しいことは分かっていない。大化の改新で廃止された。
by WIKI


 ま、分かり易い例えをすると、継体天皇さんが筑紫君磐井(ちくしのきみいわい)さんを滅ぼした時に、その子孫の「葛子」さんが糟屋屯倉(現在の福岡県糟屋郡・福岡市東区)を朝廷に献じ、死罪を免れた・・とされているのを覚えてるかもしらんね~。

 それにね・・「新羅が任那の官家を打ち滅ぼした」のが西暦562年とされててね・・ま、その後も何故か任那からの使者は朝廷に来てるっちゅう・・記紀は非常に不思議な書き方をしとるけんどもね・・新羅としちゃ、倭の皇族を亡き者にしてしまっては母国存亡の大危機になってしまうのは判ってるもんで、その後の三宅連氏=官家自体は滅ぼされることなく列島に戻ったのでっしゃろな~・・。

 つまり、

「天之日矛さんから始まる壮大な物語は、倭国から日本への国名変更で終わるのが日本書紀」

と言えるのねん。・・きっと何となく判るよね~・・。


 でねでね・・それでは終わらんよねん・・。橘(たちばな)はちっとは判ったにせよ、藤原(ふじわら)が判らんちんだし、仮に橘は「日」「日本子」だとしても「藤原」はど~なのよ・・・っつ~疑問はまだ解けてないよねん?

 そ~なのねん・・でもね・・もう答えは遠の昔に・・いっぱい・・アチコチに書いてるのねんな~・・ま、「ファシレの暗号」っちゅうべきか、「ファシレの勿体ぶりっこ」っちゅうかね~・・。

 前回の記事日本 その5の最後に書いたね・・


「橘」は常世の国に生える「非時香果」を持ってきた人・・

 これが実は日本につながるのねん・・「非時香果」っつ~のは橘の実のことだけにねん・・♪♪

もそ~なのねんけんども・・。


 橘は常世の国に生える「非時香果」でっせ~?

非時香果っつ~のんは「ときじくのかくのみ」と読ませたいらしい・・・けんども、ワシらのような学の無いもんは、

非時香果=ひじかか

としか読めんだしょ?


 そ、それで良いのよ~・・。逆に余りにオツムの良い人には判らんよ~になっとるのねん。


 でね・・思い出して欲しいのねんな~・・。神功皇后さんが三韓征伐をした後に、また新羅を懲らしめにね・・荒田別(あらたわけ)さんと鹿我別(かがわけ)さんを卓淳国に派遣して、比自[火+保](ひじほ)、南加羅、喙国(とくのくに)、安羅(あら)、多羅(たら)、卓淳、加羅の七カ国を平定したんだったよね~?

 卓淳国はね・・モロに「金官加羅国」のお隣・・みたいな、比較的南の位置にあるのねんな~。でもね・・この赤字の・・

比自[火+保](ひじほ)

に注目するとね・・あの、

非時香果=ひじかか

に非常に似ているのが判るよねん?


 ま、読みも「ひじ ほ」と「ひじかか」だしね・・。誰にでも判り易いのねん。少なくとも、

「ひじ」

は同じだしょ?


 で、「非時香果=ひじかか」は橘の実のことだと記紀は言ってるけんどもね・・

香 の読みは 日本語でも「こう」、中国語の閩南語で「phang」(ファン・・かな?)、韓国語で「hyang」(ひゃん?)
果 の読みは 日本語で正確には「クヮ」、中国語ではおしなべて「guo、kuo」(クォ)、韓国語で「gwa、kwa」(グヮ、クヮ)

つまり、日本語で「香果」は「こうクヮ」
中国語では「ファンクォ」
韓国語では「ひゃんグヮ」

って・・なるよね~・・現代の日本語の「か」は、古代日本語の「カ」と「クァ・クヮ」が一緒になっちゃってるのねんね~。


 まぁ、めんど~なんで、中国語(・・これは後でちょっと説明するけんども)と韓国語は解説せんけんども、少なくとも日本語じゃぁ

ヮ」


なのねんで、

香果=こうクヮ=こク=国


となってね・・

「非時香果は【ひじかか】では無くて【ひじこく】と読むべし!」

だから、

「【非時国】は【非自国】!」

なのねんで、

「橘」は常世の国に生える「非自国」
を持ってきた人

っちゅうことを言いたかったのねんな~。・・暗号だしょ・・。


 でね・・非自ホ・非自国はね、現在の昌寧で、新羅と高霊伽耶の間にある地域なのねん。ここはね、

「古墳がたんまり在る」

のねんよ。

Changnyeong royal graves
By Timothyvail (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

 この昌寧には松峴洞古墳群や校洞古墳群だけじゃぁ無いのねん・・倭人が活躍した痕跡がね・・も~沢山・・見当たるのねん・・ま、あんまり書かんけんどもね~。

「古墳は日本独特のもの」

じゃ無かったっけか~?


 でねでねでね・・・長くなったもんで、そろそろ終わりたいけんどもね・・も~・・とりあえず書いちゃおうと。


 非自ホというのんは、発音を漢字で当てたもんだからね・・その他にも色んな当て字が有るのねんよ。

比斯伐、非自火とかね・・非自火の火は、どうも国っちゅう意味らしいのねんけんどもね・・中国語の「香果」は「ファンクオ」だからね・・これも、非自火国になっちゃうのねん・・。火と国が重なっちゃ~いるけんどもね・・。

 でも、もっとも印象的な当て字が有ってね・・。も~・・ずいぶん昔のことだから、覚えている人が居るかどうか心配ではあるけんども、・・それが・・日本 その1で書いてそれっきりの・・

「比自㶱」

でんな~。思い出してくれたかな~・・火辺に本と書くのねんが・・


「㶱」

でんがな・・。


 これ、あなたなら何て読む?・・学の無いワシなら・・フツーに・・

「ひじほん」

でっしゃろ?

 でね・・「比自㶱」の「自」の字はね・・日本語で「じ、し」、中国語で「ji6、chhṳ」、韓国語で「ja、cha、ca」でね・・

 漢文の「自」は「~から(出発して)・・」っつうような使われ方をしてたのねんが・・説明はかなり面倒なもんで・・ま、省力的になってしまうのねんけど答えを言っちゃうと・・



と読みがほとんど同じなのねん。

 「之」は日本語で「シ、の」、中国語で「ji1、chi、chṳ̂」、韓国語でも「ji、chi」・・

 もっと言ってしまって非時香果の「時」にしても、

 「時」は日本語で「ジ、シ、とき」、中国語で「shí (shi2)、 shih2、si4」、韓国語でも「si」・・

 だから、これは「自、時、之」は発音的に「同じ」と言えるよねん?・・まぁ、弁韓、辰韓の国の名乗りを漢字に当てはめた訳だから、発音が同じならどれでも良いのんで、国の名称も様々に言われたのねんな・・。


 それを踏まえてしまうとね・・

「比自㶱」 は 「比之㶱」 で・・「比」と「日」を入れ替えると 「日之㶱」になり、めんど~な「㶱」の火を外すとね・・なんと、

「日之本」

になってしまうのねん・・。


 「日」はね・・日本語は「 ニチ、ニッ、ジツ、ひ、か」だしょ?・・中国語は今は「リ」だけんども少し昔は「jat6、yat6、ji̍t、ngit、zeh4, nyih4」、大昔は「nyit、*C.nit {*C.ni[t]}」で「ジ、ニ」の音が有るしね・・大昔の朝鮮語は残っちゃいないから判らん・・今は「il」(イル)だけんどもね・・。これについちゃ百済語、新羅語が解明されんと厳しいのねんな・・


 でもね・・調べたら・・面白いことが判ったのねんよ・・何と、

現代の韓国語では、日本語の天気のことを「日気 (일기、il-gi、イルキ)」と言う

 つまり、韓国語の「日」は日本語の「天」!

 どっひゃ~!・・だしょ?「日=天」でっせ~?日本の日は「てん」っつ~ことだから、「あま」なのねんよ~・・。


 で、「比」はね・・中国語は「ヒ」と読むし、韓国語じゃ「bi、pi」で濁る・・「非」の字も非自ホは使うから、中国語も韓国語も「比」と「非」の読みは全く同じで変換が可能なのねん・・。


 因みにね・・新羅じゃぁ国のことを「伐(ポル、ボル)」と言うのねん・・。ポル、ボルでっせ~?

「ポル・ボルはホン・ポンにめちゃくちゃ近い!」

と言えんかの~?

「原は九州じゃぁバルでっせ~?ほぼ同じ意味を持つのは対馬じゃぁフレでっせ~?百済じゃぁプルでっせ~?・・それよりももっと近いでっしゃろ?」

・・・あっ・・


 だから、


「列島に無かった日本、いや、日之本が半島に有った」

もしくは、

「半島の国・地域の名称を倭から置き換えた」

可能性って・・ど~なのよ!

 「ひじほん・にちほん」=「日本」


 ・・・ずっと書きたく無いと思ってたのねん。でも開き直って言っちゃえば「㶱」そのもので「ひほん」でんがな・・。それをね・・

「記紀は暗号として、天之日矛~田道間守~神功皇后の物語を差し込んだ!」

のねん。


 ・・っつ~ところで時間切れ・・。ま、ふざけんな!・・っちゅうご批判もあろうかと思うけんど、オツムのいかれたおじさんの言うことを真に受けんでね・・。暗号自体が史実とは限らんしね~・・。だからど~した!って話しにもなるしね~。藤原さんもまだ書いちゃいないのんで・・またそのうちにね~。じゃぁ、バイナラ~!アディオース!
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 何でこんなに判らんことが多いのかが良く判らん!その判らんことの答えを探して旅に出たつもりが、その答えも見つからんうちにもっと判らんことの答えを探す旅に出ることになっちまったい・・・
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