日本 その5






 あけおめでごんす・・。長らくご無沙汰してしもうて申し訳ないでごんす・・。年末年始は何かと忙しく、体調もイマイチ、未だに駄目だすな~・・。

 ま、こんなことは書きたく無い・・書いて良いのか判らん・・っちゅうような気持ちが、ファシレをブログから遠ざけてるのかもしれん・・っちゅうのは言い訳には過ぎんけんども、やっぱりこれは日本人にゃ~ちとショックなことかと想像できるしの・・。

 それは・・

「日本と言う名称は、西暦700年頃までは日本列島のどこにも無かった」

っちゅう事実なのねん。


 ま、史実として証明できん・・っちゅうだけで、もしかしたら列島の東国で「日本」「日之下」「日之本」を名乗る小国が有った時期が有る・・かもしれんけんどもね・・。でもそれはどんなに古文献を探してもでんな・・ま、評判の悪い東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)だけは除くとして、「日」が付く地域、小国は有っても「日本」につながる名称は出て来んのねん。

「有ったはず!」

っちゅうのんは、全くの「こじつけ」にしかならん。


 西暦700年前後に倭国の名称を捨て日本を名乗ったのは、内外の古書から確実視されとるけんども、中臣の大祓にも出て来る「日高見」国にしても、「日」だけであってね・・その響きが持つ意味がいかに近く思えても、「日本」とはかけ離れてる名称なのねんな・・。


 じゃぁ・・その「日本」っつう名称はどこから来たか・・っちゅうことが、このところのブログのタイトル「日本 その~」になっとるのねんが・・そろそろ書いてしまわないといかん。「ケリ」をつけんといかん・・。


 西暦700年頃の「日本」は藤原氏が天皇家の外戚に入ってね、天皇家へ着実にその藤原の血を濃くして行く初期段階と言えるよねん?

 ある意味、「日本とは藤原である」と言うのが大正解・・なのねん。だから、藤原氏を「あ~だこ~だ」と非難することは、自分自身を非難しているのと同様なのねん・・・ま、「そんなん、判っとるがな~!」っちゅうお方がほとんどでっしゃろが、

「・・うんにゃ・・そんなこと、考えたこともね~っす・・」

っつ~ような方々もおられるでっしゃろなぁ・・。

 それに、不比等ちゃんとは奥さんの一人の橘美千代さんでつながる「橘氏(たちばなし)」もね、不比等ちゃんの息子たちの藤原氏と同様に、我が世の天下を目指して高級官僚として世の中を動かしてたのねん。

 これも有る意味、

「橘美千代(たちばなみちよ)が日本を創った!」

と言えることは、皆さんもご存知かと思うけんども・・

「橘氏(たちばなうじ)って、何?」

っちゅう疑問は、どんな歴史家も、はたまた歴女も歴男?も・・結局誰にも解けてないだしょ~?


 大体ね・・敏達天皇さんの後裔の美努王さんとその後の橘氏を継ぐことになる子孫をつくりながら別れ、不比等ちゃんと一緒なって光明皇后(光明子 こうみょうし)さん等を生んだ縣犬養氏出身の女性・・なんてことが、日本の史実になってるっちゅうね・・本当に有ったこととされてるっつうね・・それが真実と信じさせられてるっちゅうね・・ことになってるのねんな~。ま、それはそれで良いんだけんどもね~・・反論しよ~としても、何の根拠も無いんじゃど~にもならんばってんね~。

 そもそも「橘氏」は縣犬養美千代さんが、元明天皇から「橘宿禰(たちばなのすくね)」の氏姓を賜ってね・・美千代さんの息子たち・・これは皇族出身の王だけんども臣籍降下して母である三千代の氏姓を継いで出来た・・とされとるのねんな~。だから、橘氏はそれが最初っつうね・・ことなのねん。

 でもね・・橘(たちばな)何とか・・っつうお名前はね・・それ以前からずうっと使われててね・・ま、氏姓じゃぁないけんどもね・・例えば弟橘媛(おとたちばなひめ)ね・・。


 彼女はヤマトタケルさんの妻の一人でんがな~・・。相模から房総へ船で出た時に神に祟られ、嵐になってしもうたので、タケルさんの代わりに海に飛び込んで鎮めた・・ことになっとるのねんな。・・ま、そんな弟橘媛さんだけんども、偽書とされちゃあいる先代旧事本紀によると9人もの男子を生んでるのねん。


「何とまぁ・・9人もの男子を生んだ奥さんを連れて蝦夷征伐に出かけたヤマトタケル!」

 ・・うにゃ~・・でんな・・。ましてや神さんへの生贄としてなら普通、処女とか・・だっしょ?奥さん、自重しなはれ・・って、ま、ここじゃ関係無い話だけんどもね・・。

 他にも「」が付く西暦700年以前の方々は沢山おるのねん。もちろん、「」に関係するお方もね・・。その中でも歴史上、まずはこの方が最初かな?・・と思われるのんが・・

「田道間守(たじまもり/たぢまもり)」さん

でんな~・・。

「・・ありゃ?・・このひとは田道間守だから、たちばなと違うんちゃう?」

と思われるかもしらんけんどもね・・。


田道間守(たじまもり/たぢまもり)
は、記紀に伝わる古代日本の人物。
<略>
『日本書紀』では「田道間守」、『古事記』では「多遅摩毛理」「多遅麻毛理」と表記される。天日槍の後裔で、三宅連(三宅氏)祖。現在は菓子の神・菓祖としても信仰される。
<略>
『日本書紀』垂仁天皇紀によれば、垂仁天皇90年2月1日に田道間守は天皇の命により「非時香菓(ときじくのかくのみ)」すなわちタチバナ(橘)を求めに常世国に派遣された。しかし垂仁天皇99年7月1日に天皇は崩御する。翌年(景行天皇元年)3月12日、田道間守は非時香菓8竿8縵(やほこやかげ:竿・縵は助数詞で、葉をとった8枝・葉のついた8枝の意味)を持って常世国から帰ってきたが、天皇がすでに崩御したことを聞き、嘆き悲しんで天皇の陵で自殺したという。

『古事記』垂仁天皇段によれば、多遅摩毛理は「登岐士玖能迦玖能木実(ときじくのかくのこのみ)」(同じく)を求めに常世国に遣わされた。多遅摩毛理は常世国に着くとその実を取り、縵8縵・矛8矛を持って帰ってきた。しかしその間に天皇は崩御していたため、縵4縵・矛4矛を分けて大后に献上し、もう縵4縵・矛4矛を天皇の陵の入り口に供え置いて泣き叫んだが、その末に遂に死んだという。
<略>
「たじまもり/たぢまもり」の名称については、「但馬国の国守(くにもり)」の意味とする説がある。この「たじまもり/たぢまもり」の類音からタチバナ伝来の物語が引き出されたと見られ、「タチバナ」という名前自体を「タヂマバナ(田道間花)」の転訛とする説もある。
By WIKI

注:三宅連(三宅氏)さんと非時香菓(ときじくのかくのみ)については、次回の試験に出る予定なのねんで覚えておくように~


 そうなのねん・・。橘の語源となった可能性が有るのが「タジマモリ」さん・・なのねん。

 で、その後もね、沢山、橘関係はあちこちにその名が使われてね・・あの聖徳太子さんの奥さんの一人も橘大郎女(たちばな の おおいらつめ)っちゅうね・・お名前だったのねんよ~。

 西暦700年の直近にゃぁ、朝倉広庭宮(あさくらのたちばなのひろにわのみや)に斉明天皇さんが入られ、

 7月24日に朝倉宮で崩御。朝倉広庭宮に都が置かれたのはわずか2か月余りということになる。朝倉広庭宮の建設に際しては、朝倉社の木を切って用いたために神が怒って宮殿を壊したほか、宮中では鬼火が目撃され、大舎人らに病死者が続出したという。
by WIKI

 ま、ファシレのおじさん的にはね、「斉明天皇さんは新羅に出頭した」のんで・・ここでは亡くなってはおらん・・ちゅう立場だけんどもね・・それはこのページに書いてるけんども、

「斉明天皇さんもに関係していた」

 ちゅうことだけは確かなこと・・でんな~。

でねでね・・その「橘」だけんども、例のタジマモリさんが常世国から持ち帰った不老不死の果実で柑橘植物だったよねん?これ、かなり酸っぱいのねんな~・・まぁ、Wikiによるとそうよねん・・。

 じゃぁ、

「その常世国っつうのはどこなん?」

ちゅうのんが大事だしょ?。日本書紀によるとタジマモリさんは9年も掛かって常世国でタチバナを探し出して、帰って来たことになっとるのねんから・・。


 その国はね・・実は、神功皇后さんが平定した国・・とされている中に、その名前を見つけることができるのねんよ。

比自[火+保](ひじほ)、南加羅、喙国(とくのくに)、安羅(あら)、多羅(たら)、卓淳、加羅の七カ国を平定した
By WIKI

 ここの・・

卓淳国

でんな~・・。

 これはね・・達句火や達句伐とも書かれるのねんけんども、

卓 タク、タカ、タック
淳 ジュン、シュン、スン、スゥン

とね・・日本語や韓国語、中国語で読めるよねん?

 だから、最後の「国」の読みに新羅的に「伐(読みはボル、ポル)」を付けると・・

「タックスンボル」

 国=伐=原 は、日本語の「~原」・・・九州じゃ「~ばる」と読むでっしゃろ?わかみたふり解析は無駄な努力??でも百済語の意味を書いとるけんどもね・・。で、「田原」と書いて「たばる」でんがな~・・。なので、

「タックスンボル」=「タックスンバル」

 速く読むと・・

「タッスンバル」

で、

「タチバナ」

・・でんな~。・・ん?・・ちと苦しいじゃんってかぁ?・・ま、古代は

「漢字を読みに充てただけで現在の漢字の意味そのものは無く、読みも徐々に変化する」

からの~・・。


 達句伐だって、同じなのねんよ。達は「タチ・タッツ」、句は中国語で「チュ・ジュ」だから・・

達句伐=「タッチュバル」=タチバル=タチバナ

達句火だって・・火は国とか、地域と同意でね・・

達句火=タッチュ+「ファ」

で、火=ファ なのねんが・・何とね・・

花=hwa(中国語・韓国語)=ファ

だから、

橘=立花=達句火

なのねんよ~・・。


「モロ・・そのものじゃん!」

だしょ~?


 つまりね・・不比等ちゃんと同族の橘氏は、不比等ちゃんの奥さんの縣犬養美千代さんが賜った氏性、「橘宿祢」を皇族の息子たちがが臣籍降下して名乗ったのねんから・・

「・・あれ?・・橘は・・卓淳国?」


 ありゃらん・・やっちまったな~・・ど~しましょ~!・・ど~もならん!

「橘」は常世の国に生える「非時香果」



 これが実は日本につながるのねん・・「非時香果」っつ~のは橘の実のことだけにねん・・♪♪


 ・・ちゅうところで時間切れなのねん・・でもこの先もあまり書きたく無いの~。ま、ちょっと脳の崩れてるおっさんの言うことと笑って許してほしいのねん・・。じゃぁまた~!ばいなら~!
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