日本 その2






 ま~ね~・・古代の日本のことを言うっちゅうことは、その周りの国のことまで調査せんと何も言えんっちゅうことになるし、その年代にはどんな状況だったかとか、それまでのそれらの国々の歴史も理解せんといかんっちゅうことなのんで、ファシレのおじさんにはめっちゃ荷が重いどころが、

「・・んなもん、無理だっちゅ~の!」

と放っぽりだすのが正常な精神を持った正しい人間には必要で寛容なことなのねんな~。昨今は現実と非現実が良く判らんよ~になってきてるよ~な気がするのねん。ま、ファシレのおじさんだけじゃなくてね。世の人、みんな・・でんがな~。

 大体にして、何が真実だったかなんてね・・改竄しなけりゃ対面が保てんどころか、自分の国を亡ぼすことにも繋がってしまうのねんから、どっちかっちゅうと、

「嘘も方便!」

ちゅうことでね・・生き残る方法を選んだのでっしゃろな~・・。ま~・・今も変わらんのでっしゃろけんども、それに慣れてしまってね・・結局は民を裏切ることにつながって、その王たちも滅んでしまったのねんな~・・。

 倭や日本の場合は君(キミ)、臣(オミ)、民(タミ)っちゅう感じでね~・・もっと遡れば耳(ミミ)がトップだったのでっしゃろがの~・・。


 倭の歴史の中では何故か「百済」と言う国がね・・非常に関わってくるのんで、まんずはココを何とかせんとね・・日本が「にほん」「にっぽん」になったかも明らかにならんのよねん。

 そもそもね・・

「百済」と書いて「くたら」と読む

なんぞはね・・

「東京」と書いて「フランス」と読む
は違うにせよ、

「出雲郷」と書いて「あだがえ」と読む


のと同じに近いと思わへん?


 ど~やったってね~・・「くたら・くだら」とは読めんだしょ~・・。まぁね・・何度も今まで書いとるもんで、目に蛸が住み着いとるかもしらんばってんね~。

 韓国語じゃぁ「ぺくちぇ」と読むらしいし、古代のその「百済」でもそれに近い発音だったと思われるのんが、倭・日本では何故か「くたら」と読んだのねんな~。

 これはね・・「旧多羅(くたら)」・・昔の多羅っちゅうことでね・・多羅っちゅうのんは伽耶諸国の一つでね・・倭人の国だったと言われとるけん、多羅の国が百済になったっちゅうことを言いたいのでっしゃろな~・・ふ~mm~ん・・クダラね~・・本当にそ~なんかの~・・。多羅が百済になったとしたら、多羅は無くなっちゃうんじゃないのかの~・・。

 百済っちゅう国はね・・扶余人(ふよじん)がつくった国と言われててね。高句麗と祖を同じくするっちゅうことになってるのねんな~。でもね・・実はこの百済については・・

「何が本当で嘘なのか、百済についてはほぼ何も判ってない!」

のねんよ・・。

History_of_Korea_(Goguryeo)_476_jp.png

 上の図を見てもね・・高句麗の北に有った「扶余国」がね・・「百済(ぺくちぇ)」になったっちゅうのんが、一般的な理解とされとるのねんが、

「それは・・嘘!」

 ま・・全くつながりは無かったとまでは言わんけんどもね・・扶余国(北扶余)が百済になったっちゅうことは無いっちゅうことでんな・・。

 そもそもね・・百済は660年・・いや、662年には完全に滅び、高句麗も668年に滅亡しとるのんでね・・半島には新羅しか残らんかったのねん。その新羅も935年には滅んでしまうのねんな~。

 百済三書(くだらさんしょ)と言ってね・・、『百済記(くだらき)』『百済新撰(くだらしんせん)』『百済本記(くだらほんき)』っちゅう百済の歴史を書き残した書が有ったのねんけんど、今は残って無いのねん・・。これもね・・白村江の戦いで百済が滅び、日本に移住した者によって書かれたらしいのねんで・・日本書紀に引用されとる部分でしか判らんのねんな~。

 あとはね・・「三国史記」って言うてね・・三国時代(新羅・高句麗・百済)から統一新羅末期に渡って書かれた書が有るのねんが、

「1145年に完成」

っちゅうね・・ど~もならん・・そんなに時が経ってしまえばもう忘れられてしまってたかもしれんし、情報が錯綜する中での完成やからね・・書いてあることがすべて正しいとも言えずね・・紀元前18年建国なんぞはね・・有り得んしね~・・だから、

「百済のことは何も判らん!」


のが正解なのねん。

 だから、

「何で くだら なの?」

っちゅうのんも判らんのねんな~。



「尉仇台(いきゅうだい・いきゅうたい)」

っちゅうお方が扶余国にいらしてね・・。高句麗の北の扶余でんな~。でも北扶余は西暦494年に、東扶余っちゅう国も410年頃には滅んどるのねん。でもこれは「扶余国」の話なのねんで~・・。

 一方、百済の方はね・・

 百済は4世紀中頃に国際舞台に登場する(『晋書』「慕容載記」)。それ以前の歴史は同時代資料では明らかでない。

 建国時期が書かれている『三国史記』(1143年執筆)では紀元前18年建国になっており、韓国・北朝鮮の国定教科書ではこれを引用している。歴史的な建国時期に関しては、三国史記の記述自体に対する疑いもあるため、韓国でも紀元前1世紀説から紀元後3世紀説までさまざまな説がある。またその当時に書かれた中国・倭等の文献と後年になって書かれた三国史記の内容には隔たりがある。

 通説では『三国志』に見える馬韓諸国のなかの伯済国が前身だと考えられているが詳細は不明である。
by WIKI


 ちゅうことでね・・紀元前から国は有った・・とされてるけんども、何か良く判らんと・・でも「扶余族」だと・・言うことなのねんが・・


「扶余国(王)と百済(王)は途中で入れ替わった?」

可能性が有るのねんよ。もしくはね・・伝わった情報が錯綜してしまい、扶余国と百済が混じってしまった・・もしくはね・・百済が扶余を仮冒した・・とかね~。

 百済の王様のね・・代々続いているはずなのねんが、ど~も途中で「ワヤ」になっとってね・・。兄弟なのにね・・兄の三代も後に王様になってたりするのねん。100年近く離れてしまえば、理解しろって言われてもね、そりゃぁ無理っちゅうことでんねんな~。

 でね・・

 唐会要百済伝には

「百濟者、本扶餘之別種、當馬韓之故地。其後有仇台者、為高麗所破、以百家濟海


(百済とは、本は扶余の別種で、馬韓の故地にあたる。 その後裔に仇台なる者がおり、高句麗に国を破られ、百家で海を渡った。因って百済と号する

とあり、百済の支配層は扶余族だったと見られている。百済の建国神話は系譜の上で扶余とつながりがあり、26代聖王が538年に泗沘に遷都した後に国号を「南扶余」としたこともそれは窺える。
by Wiki



 そ・・つまりは、「尉仇台」と「仇台」は同一人物かどうかはハッキリせんが・・「尉」は位の可能性が有るもんでね・・

「仇台( く たい )の国だから 仇(ク) 台(タイ) 羅(ラ)」


なのねんな~。


 ま、百家で海を渡ったとされてるけんども、高句麗を抜けるために半島の南部まで海を渡った・・とも言えるしね、もしくはね・・

「列島まで海を渡った!」

とも考えられなくは無いのねんよ・・。証拠は無いけんどもね~。でもね・・だからこそ、仇台のことを良く知っていたからこそ、

「百済=仇台羅」


「久太良(くたら)」と訓だのねん。古代の日本語は清音で濁らんけんね~。

 今でもね・・大阪にも奈良にも「百済」の名の付いた史跡は残ってるのねん・・。川も有れば寺も町もね・・有るのねん。白村江の戦いの後に出来た可能性も無くは無いけんどもね・・何せ天皇さんが・・いや、ま、それはまたその時に書こうと思うのねん。

 だから、少なくとも・・

「百済と日本はお互いのことを充分理解していた」

ので有り、だから百済が滅んだ時に国を再興しようと半島まで大群を送ったので有り、その結果として敗戦し、日本と言う国名に変更せざるを得なくなった・・と言えるのねんな~。


 大体ね、百家で海を渡ったところで、上陸すればね・・そこにも「君臣民」はいるのねんから、そこでひと悶着以上有ってしかるべきだしょ?

 だから、そのひと悶着が記録に残ってないか?っちゅうことが重要でんがな~・・。



 ま、もう1回くらい「百済」を説明せんといかんかな~?・・とは思うけんど、ど~しよね~・・。えらい大変なのねんが・・

で、

「㶱」

は、判ったかな~?・・

 今回はちと緩くてすまんの~・・ユルユルのダルダルでんがな~・・でもまた書くのんでね~・・お楽しみに~・・ばっはっは~い
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ほほぅ……百済と日本は同じだったのかぁ。

ふむふむ……。

でもそう考えると、血統よりも、その土地が与える影響の方が大きい気がするです。
日本でさえ、北と南ではずいぶん違うし。

んで、「㶱」。
ググるとすぐに出てくる「ホ」、「ホン」。
何で「火」がついてるのかな?

夕焼けで燃えてたのかな?

Re: 㶱

にゃん吉 さん

 お久しぶりでござんす~・・ってファシレが記事を書かなかったから・・すまんす・・


> ほほぅ……百済と日本は同じだったのかぁ。
> ふむふむ……。
> でもそう考えると、血統よりも、その土地が与える影響の方が大きい気がするです。
> 日本でさえ、北と南ではずいぶん違うし。

 え~?・・百済と日本は同じと違うのねんで~!

> んで、「㶱」。
> ググるとすぐに出てくる「ホ」、「ホン」。
> 何で「火」がついてるのかな?
> 夕焼けで燃えてたのかな?

 そ~なのねんね~・・それはホント。でもビツクリ仰天?なオチには、まだたどり着かんのねん・・もう少しお待ちを~!
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Author:NSY3
 何でこんなに判らんことが多いのかが良く判らん!その判らんことの答えを探して旅に出たつもりが、その答えも見つからんうちにもっと判らんことの答えを探す旅に出ることになっちまったい・・・
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