えっ!?・・徐福さんは何と~!?






「お久しぶ~り~ね~~・・あなたに会うなんて・・♪♪」

 すまんの~・・ちいっとばかりまた旅に出とったもんでの~・・にゃんこだけに・・また旅に・・今日も元気だ親父ギャグが旨いにゃ~・・


 人の読む気を一気に無くす技術はさすがファシレのおじさん・・と自認しとるけん・・フォローしてくんなくて結構だす。

 ま~・・それにしても衆議院の解散も無くなったようで参院選も単独で行われようとしとるけんが、ま~・・ど~しても憲法改正をしたい、世を戦争状態に引きずり込みたいっちゅう意図を見せたくない政権側としては、一気に勝負に出たかったはずと思うけんどもね・・。だから、

「政権を与党の圧倒的多数にしないのが愚民のささやかな抵抗」

ちゅうことを忘れちゃいかんのねんな~。忘れちゃ遺憾・・。

 まぁ、この辺りは本家の山田さんとは意見が大いに食い違うけんどもね・・。彼は選挙なんぞはど~でも良い口でんがな・・。ファシレは、ま~、いいっちゃいいけんども、やっぱりそこにしか「権利が無い」もんで、

「そんな大事な権利を手放す必要が無い」

からしっかり使うべきと・・思っとるのねんな~。

 何せ、選挙に勝ったら「国民の信頼を得た」と言って、公約にも敢えて掲げないことをおっぱじめ、負けりゃ~「国民に説明が足りなかった」と言って水面下で公約違反を続けて居座ろうとするのが政権与党でっしゃろ?・・まぁ・・昨今は全くのファッ ショ でんな~・・

 だから山田さんは「選挙なんぞ意味無し!」なのねん。ファシレのおじさんは、「与党と反対党の均衡」で緊張感を持たせて、安易な法整備に冷水をかけさせようと思うのねん・・まぁ、結局どっちでも変わらなかったりするんでっしゃろがねん~・・。


「徐福」


ちゅうお方がいらしたのねん。紀元前220年前ころ、中国を出て日本までやってきたとされてるお方でんな・・。それも3000人という凄い人数で日本を目指したとされててね・・日本全国に「徐福伝説」が残っているほどのお方なのねんよ。

 だけんども、意外にね・・日本の歴史上、重要視されていないと見えるし、研究も進んでおらんと・・思うのねんな~・・なんででっしゃろね~。

 徐福さんは、そのころの宗主である秦の始皇帝に、

「東の遠いところに不老長寿の薬草が有ると聞くので皇帝陛下に献上するためお暇させてちょ~!」

と・・・始皇帝を上手い具合に騙し、大船団を組んで朝鮮半島経由で日本に来たと・・されているのねんな~。出航地は・・WIKIにはこう書いてあるのねん。

 現在の山東省から浙江省にかけて諸説あるが、河北省秦皇島、浙江省寧波市慈渓市が有力とされる。途中、現在の韓国済州道西帰浦市(ソギポ市)や朝鮮半島の西岸に立寄り、日本に辿り着いたとされる。
by WIKI


ま、だけんども浙江省寧波市慈渓市ちゅうのんはおそらく上海あたりでね・・「秦」っちゅう国を考えるとね・・有り得んかな・・と思うのねんな~。

ZH-战国七雄地图

 上の地図は紀元前260年だから、220年に出航したっちゅう徐福さんの時とは状況が違うけんども、上海は緑色の楚の右端のさらに下辺り・・

「楚んなところじゃ~・・無いんじゃない?」

と・・単純に思うけんども・・ま~それでも良いかな~・・。


 でね・・この紀元前220年っちゅうのんがまた味噌なのねん・・。そのころは秦の力が非常に強かったのねんが、秦が滅ぶのもね・・紀元前206年と言われてるもんで、たったの

「徐福出航後、14年で秦は滅んだ!」

ねんよ・・。

 でねでね・・徐福さんは徐福と漢字で書かれてるけん・・中々気付かんのかもしれんが、本当の字は、

徐芾

で、福の字は

草カンムリに市

と書いて、読みもね・・「じょふく」 では無く、

「じょふつ」


と読むのねんな・・。

 徐を除けると

「フツ」

・・・あれ?・・「フツ」って・・あの「フツ」か~?・・と思い当たるお方も多いかもしれんね~・・。



 でも今回はそっちにはまだ行かんのねん・・。大事な話しがあるのねん・・。

 で、ここからはファシレの話しを聞いてくれ~・・俺の、言うことも含め、誰の言うことも聞くなよ・・と・・なんだ?


 田斉(でんせい)
は、中国の戦国時代、紀元前386年に田氏が姜姓呂氏の斉を滅ぼして新たに立てた国。国号は単に斉であるが、西周・春秋時代の呂氏の斉と特に区別する場合に田斉と呼ぶ。戦国時代中期には、湣王の頃に東帝を称するまでになるほど強盛を誇り、戦国七雄の一つにも数えられる。首都は姜斉の時と変わらず臨淄であった。
by WIKI


 そ・・ちょうどそのころね・・田斉(でんせい)・・まぁ「斉」っちゅう国が中国に有ったのねん。さっきの地図にも出とるよね・・略字になっとるけんど、「黄色」の部分でんがな・・。その「斉」もね・・ちょうど秦が滅んだ頃に滅んでるのねん・・

田斉は起源前386年 - 起源前221年

まで続いたとされとるけん・・・あれ?・・

「徐福は紀元前220年に出航、田斉は紀元前221年に滅んだと?」

 何か・・こりゃぁ関係が有りそうだっしょ~?

 そうなのねんよ~・・実はね・・大有りなのねん・・。田斉の王家にね・・

「フツさんが居た!」


 そ・・あのフツさん?・・が居たのねん!

田 芾(でん ふつ、? - 紀元前206年)は、
 秦末前漢初期の斉の国王。田儋の子。『史記』「田儋列伝」に記述がある。

 経歴
 秦末期の騒乱で自立して斉王となった父が、紀元前208年に魏王咎の援軍に赴いた際に章邯の秦軍に敗れて殺されると、新しい斉王に田仮(斉王建の弟)がなった。
 しかし、従父の田栄はこれを認めず、田仮を楚に追放し、従子の田芾を斉王に擁立した。秦滅亡後、項羽により諸侯王が定められた際、斉は3つに分割され、田芾は膠東王に封じられた。
 しかし項羽に恨みを持つ田栄は斉王に封じられた田都を楚に追放して田芾を再度擁立しようとしたが、田芾は項羽を恐れて封地の膠東に赴いた。これを知った田栄は激怒して田芾を追撃し、即墨で田芾は殺害された。
by WIKI


 まぁね・・ ジョフツ じゃなくて デンフツ なのねんが・・ 同じ「フツ」っちゅう名前なのねん。

 でもね・・歴史的には田芾(でんふつ)さんは叔父に殺されたことになっちゅう・・。ここにね・・大きな謎があるのねんよ。


 でもねでもね・・自分の国がヤバイ時にね・・近い親族同士で延々と殺し合いをするかね~・・っちゅう疑問があってね・・田芾(でんふつ)さんは殺されたことにして、一族郎党引き連れて海外に出奔したと・・それが・・

「徐福さん」

 だったとすると・・全ての辻褄が合うのねん・・。


 でねでねでね・・・以前お話しした、元伊勢神宮の禰宜、荒木田氏に伝わる口伝・・「あたらしいこじき」・・いや、漢字にするのは怖いもんで・・だいぶ文章は削られたみたいだけんど、サイトは存続しててね・・この部分はまだ掲載されとったので、必要な部分だけ転載させていただくとするとね・・


 古文書によると「青州」から出航したとある。青州とは中国古代において九鼎が造られた九州のうちの一つである。現在では山東半島付近に当たる。

<略>

 それらを繋ぎ合わせてみると、おおよそ二千人ほどの我々の先祖は中国大陸の東岸を船で出航して、朝鮮半島の南端から対馬を経由し、九州唐津付近に辿り着いたようだ。

補) 「倭」 のよみについて: 先祖は 「イ」 であると書き残している。
   中国語の「倭遅」が語源で、もともとは 「夷」 または 「葦」 に由来し、後に 「一」 「市」 に書き換えられた。

<略>

補) 人数: 中国黄河(中原)文明とともに日本列島へ渡来した数千人の先祖のうち、斉人の数は出雲荒神遺跡から出土した銅器の数と同じである。

 すなわち、銅鐸6個は斉王とその妃。銅矛16本は王子(他1人は対馬海峡を渡る前に朝鮮半島南端で死んだので、王子は全員では17人)。

 銅鐸39個は神官。銅剣358本は従者 (他7人は朝鮮半島南端で死んだので、従者は全員では365人)。

 また、この他に兵士や工人、朝鮮半島に住んでいた東夷が大勢連れてこられた。

補) 居住地:縄文末期に周斉廟の宝物を携えて到来した斉王一族(田斉)の墓は、福岡県吉武高木遺跡である。

<略>


 ど~だしょ・・?・・紀元前220年ちゅうね・・まったくの同時期に斉王さんが・・しかも「芾(ふつ)」さんっちゅう王様がいらっしゃってね・・違う「徐福(徐芾)」さんとほとんど同じ人数でね半島経由で日本列島に来るなんちゅうね・・ことが有ると思う?

 つまり、もし荒木田氏の口伝が正しいなら、

「徐福は斉王の田市(田芾)」

ちゅうことになるのねんな~・・。


 自分の領地の「斉国」の山東半島から一族郎党で出航・・脱出したのねんからね~・・中国も徐福村が有ったと認めている正しい歴史・・とされている徐福の話とは全然違うだっしょ~?・・つまり、


 隋書東夷伝に書かれていた、

「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す、恙なきや

の「倭が天子を名乗った根拠」が、ちゃんとここに有る


っちゅうこっちゃねん・・ 言っちゃえば戴いた方の日没する 処の天子さんも、そんなこたぁちゃんと知ってたのねん・・だから激怒したのねん・・だから結局、白村江の戦いになったのねん・・で、倭から日本になったのねん・・


 お~・・怖・・さぁ・・てと、ど~しよ~・・


ちゅうところで・・今回も時間切れなのねん・・またそのうち書くのねんで・・ね~・・バイナラ~・・アディオ~ス・・チャオ~!
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No title

いちこもにこぷ~も、これあっちるって。
山田君もそーおもう。

Re: No title

> いちこもにこぷ~も、これあっちるって。
> 山田君もそーおもう。

 べりべりさんくす~

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 何でこんなに判らんことが多いのかが良く判らん!その判らんことの答えを探して旅に出たつもりが、その答えも見つからんうちにもっと判らんことの答えを探す旅に出ることになっちまったい・・・
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