スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「天君」の正体は??






 中臣氏は欽明天皇さんの頃に「中臣姓」を賜り、またそれ以前、仲哀天皇さんの頃に、雷臣(いかつおみ)さんが「ト部姓」(うらべ)を賜った・・・っちゅうことで、取り合えず納得させられてるのねん。・・ま~・・唐突に始まった感が否めんけんども、あんまりノンビリもしてられんけんね~。唐突と書いて「からとつ」と・・は読まんのんで・・まぁ読んでくれても、還ってその方がニュアンスは近いかもしれんけんども、いちお~「とうとつ」なのねんな~。「藤突」では無いのねんけんどもね~。・・何だかな~駄洒落の切れが今ひとつでね~・・


中臣氏(なかとみうじ)は、「中臣」を氏の名とする氏族。

古代の日本において、忌部氏とともに神事・祭祀をつかさどった中央豪族で、古くから現在の京都市山科区中臣町付近の山階を拠点としていた。天児屋命(アメノコヤネ)を祖とする。姓(かばね)は連(むらじ)、八色の姓制定後の姓(かばね)は朝臣(あそみ・あそん)。by WIKI



 姓が中臣(なかおみ)なのに、「連(むらじ)」や「臣(おみ)」の姓(かばね)を持ってるもんだもんで、

「中臣臣」
「中臣連・中臣大連」
「中臣部」

 なんてね・・・。

「・・中臣さんの姓って・・何?」

と思わざるを得んよね~・・。鎌足さんの次男の不比等ちゃんだって「史(ふひと)」っちゅう姓(かばね)と読みが同じだからね~・・。わざわざ、判らんよ~にしとるとしか考えられんのんね~。


 ところでね・・・遠い昔のことなのねんけんども、西暦1年の半島辺りっちゅうのんは、中々面白くてね~。

馬韓(ばかん)

は、紀元前2世紀末から4世紀中葉に、朝鮮半島南部に存在した部族集団である三韓の一つ。帯方郡の南、黄海に接し、東方は辰韓(後の新羅)、南方は倭に接していた。後の百済と重なる場所にあった地域である。

馬韓人は定住民であり、穀物を植え、養蚕を行っていた。それぞれの部族には酋長がおり、大きな部族の酋長を臣智(しんち)と言い、それに次ぐものを邑借(ゆうしゃく)と呼び、集落に城郭は無く、五十余国が存在した。その内の伯済国が百済になったとする説もある。

『後漢書』辰韓伝、『三国志』魏書辰韓伝によると、秦の始皇帝の労役から逃亡してきた秦の遺民がおり、馬韓人はその東の地を割いて、彼らに与え住まわせ辰韓人と名づけたという。また、『三国志』魏書弁辰伝によると、馬韓人と辰韓人は言語が異なっていたという。
by WIKI



 「そんな~・・馬韓な~・・」「いや~ん馬韓~」

みたいなね・・そんな名前の国々なのねん。

 ま、「WIKI に書いてあることが絶対に正しい」とは言えんし、今となっちゃぁ想像するしかない・・っちゅうこともあるけんどもね~。

 例えば上のWIKI の文章を見ると、

「馬韓は後の百済と重なる場所にあった地域」

と有るけんどもね~・・。でもそれは確実に間違いでね・・。少なくとも西暦1年の頃は、もっとずっと北、遼東半島の南辺りに有ったのねんな~。今の北朝鮮の西側辺りなのねんな~。

 でもそれはWIKIが悪いのんじゃぁ無いのねんな~。そう教えられて来たもんで、ただただ良~く考えずにそのよ~に書いただけなのねん。

 少なくとも言えるのんは、

その頃の馬韓はもっとずっと。今の韓国の辺りは馬韓では無くて。」

なのねん。


「ん~・・・?・・そんな・・馬韓な~!」

と思うかもしれんけんども、古書は全て馬韓の位置を「遼東半島の南」を基本に書いてあるものばかり・・。


「・・なんでこれで当初から馬韓が韓国の位置?」

っちゅうのんが、ファシレのおじさんの気持ちなのねん。よ~は、誰かの圧力なのか、歴史家のサポタージュなのかは判らんけんども、

「これも隠されてきた歴史!」

のひとつだと思うのねんな~。倭の領地はみんなが思ってるより

「ずうっ~~~~と!」

広かったのねん。嘘だと思うなら・・調べてごらんしょ~。きっと簡単に判るのねん。



 でね・・本日の本題は・・その馬韓についてね・・。魏書馬韓傳・・正確には三国志魏書の東夷伝の馬韓の項にね・・

「天君」

が出てくるのねんよ。何て読んだらいいのんかは知らんけんどもね・・日本人なら「あまぎみ」だよね~??

信鬼神、国邑各立一人主祭天神、名之天君。又諸国各有別邑。名之為蘇塗。立大木、縣鈴鼓、事鬼神。

 何となく現代訳してみると・・

 鬼神を信じていて、国村で各一人を天神の司祭に立ている、名を天君。また諸国の各々にも別村があり、これを蘇塗と言う。大木を立てて鈴や鼓を懸け、鬼神に師事する。


 そう・・天神の司祭が「天君」なのねんよ~。すっげ~だしょ?・・ここに「あまきみ」が居たのねんな~。それも各国にね~・・・54カ国有ったらしいのねんけんどもね~。

 それに、蘇塗は「そと」と読めるだっしょ?・・

「鬼は外、福は内~!」

の蘇塗。

 調べてみるとね・・大木を2本立ててね・・一方には木の鳥型を、もう一方には「へび」を模してグルグルさせたものをね・・これって、

「神社の鳥居の初期?」

みたいなもんなのねんな~。ま、今はここの辺りは拡げんけんどもね~・・。



 でね・・・「天君」が「てんくん」か「あまぎみ」「あまきみ」かは判らんけんどもね・・その存在自体が非常に中臣氏と似てないかの~?


 中臣氏は、

「天津神(あまつかみ)と皇孫(こうそん)との仲を執り持つ神祇奉斎の一族」


でっしゃろ~?そのはずだよね~・・だから 「中」「つ」「臣」とされたと言われて納得しとるのねんから・・

 で、天君は、

「馬韓の各国村に一人いた天神の司祭」


 これって・・

「同じじゃね?」


「っちゅうことは・・?」


「中臣氏は天君の子孫?」


 っちゅう疑いが誰でも浮かんでくると思うのねんな~・・・歴史家の方々以外はね~。


 それにね・・実はメッチャすっごいのねん・・これ、出しちゃって良いんかな~とは思うけんど、ま~・・普通にネットに出てる話しだから構わんのかな~・・知ってる人は知ってると思うけんどもね~・・。この一件でね・・実は、


「中臣氏系が阿麻氏」

 と言えちゃうのねん・・。・・あらっ?・・書いちゃったわん?・・ずっと引っ張るつもりだったのねんけんど・・ま、いっか~!


 実はね、あの卑弥呼さんが魏皇帝からいただいたっちゅう「親魏倭王」の金印を、中臣氏某系の荒木田氏が持ってた・・のねん!

「私ん家、持ってました~!」

と、自分のブログで公表しとるのねんよ~。


 ん?・・いんや、九州の糸島で見つかった「漢委奴國王」の金印じゃぁおへんのよねん・・「親魏倭王」なのねん。これは、まだ発見されておらんことになっとるのねんな・・。

 でもね・・・印影はいっくらでも見つかるのねんよ。勿論、贋作もあるのねん・・。でも、本物も実は有ったのねん!googleで調べてもそれが判る・・それを持っていたと公言して憚らないのが、その荒木田さんなのねん・・

 ま、その真贋はご自身で検索してみてくだしゃんせ・・だけんど、そのページの内容は物凄いのねんで・・・読んで卒倒せんよ~にね~・・そんで、その内容が正しいのか、嘘なのかをね・・


「心の目で」


 判断して欲しいのねんな~・・。ちと怖い人や心臓が弱いお方は探さん方が良いと思うよん・・。


 でねでねでね・・・?・・もし中臣氏の子孫の、そのお方の家は実は・・あの「伊勢皇大神宮(伊勢神宮内宮)の祠官」の家柄だったのねんが・・

「卑弥呼の金印を持っていたということは?」

1.金印を誰かから盗んだ
2.金印を誰かから貰った
3.金印が空から降ってきた
4.金印をその辺で拾った
5.金印を祠官家が偽造した
6.金印を正当に継承した
7.金印を誰かから預かった


 のどれかっちゅうことでっしゃろ・・?となるとね・・かなりの確率で「6.金印を正当に継承した」可能性が高いよねん?・・だって、あの皇大神宮のトップの家柄でっしゃろ?

 っちゅうことはでんな・・・

「中臣氏のいずれかの系が卑弥呼の印を持っていた」

っちゅう・・ことになるのねん・・。言っちゃえば・・

「卑弥呼は天君で中臣・阿麻の祖!」


っちゅうことに・・ならんかの~?


 ん?・・そんなん・・信じられんと?・・その荒なんとかさんの姫さんも信頼できんと?・・・なら、こんなんはど~よ?


 「天君」を日本人なら「あまぎみ」と読めるし、それがむしろ普通・・だしょ?・・

 じゃぁ、現代の韓国の読みだと・・ど~なるかな~?

「天」= チョン

「君」 =クン or グン

 そ~。繋げて読む場合は「チョングン」と読むらしいのねん・・一生懸命・・調べたのねんから、ま~間違ったとしても遠くないと思うのねん・・。


 じゃぁ、「中臣」は日本人なら誰でも「なかとみ」と・・読むだっしょ?・・「ちゅうしん」とは読まんね~・・じゃ、韓国語だとど~なるかっちゅうとね?

「中」 = チュン・ソク・アン

「臣」 = グァン・シン

 おそらくなのねんが、つなげて読むときは濁るらしいのんで・・「チュングァン」と・・発声するはずなのねん・・違ってたらすまんけんどもねん・・


 つまり・・・

「天君」=チョングン
「中臣」=チュングァン


 あら・・・こりゃぁ・・下あごを前後に使わんで口先しか使わん発声で済む日本語に慣れて、こもってしまう日本人がしゃべったら、全く区別が付かんのじゃぁないかの~?・・っつ~か・・


「同じじゃね?」



・・・げげげっ!・・中臣氏とは・・・?





                           って・・もう・・書いてんじゃん!・・あほ



 っつ~ところで・・時間切れ~!・・いや~残念だすな~・・もっと詳細に書けるのねんけんどもね~・・・学者じゃぁ無いしね・・歴史家でも無いし~・・じゃ、またね~、ばいなら~・・アディオ~ス!


P.S. いかんいかん・・ど~も年を取ると呆けてしまってね~・・書いたと思ってたのに・・書いて無いのねん・・頭ん中・・もう少し何とかスッキリせんかの~・・

 つまりね・・現在の韓国語でも

「中」 = 「チュン・ソク・アン」

と読む・・・っつ~ことは、

「中」 =「あん」


と読む可能性も残るだしょ~?


 ・・・っつ~ことはだすな・・「中臣」は・・

「あんのおみ」

と・・ね・・。読めるのだすな~。

・・・っつ~ことはだすな・・「あんのおみ」は・・

「あん」-->「あんま」-->「あま」

と簡単に変化できるのねん・・っつ~か、してしまう可能性が高いのねん・・で・・これだとね・・

「阿麻臣」=「あまのおみ」

になってね・・・新撰姓氏録に書かれた「出自百済国人阿麻意弥也」の

阿麻意弥=阿麻臣=取石造

にもなっちゃうのねん・・・

 っつ~ことで・・ま、この先は・・またね~・・・
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: タイトルなし

興xx々さん

初めまして~。コメントいただきまして有り難うございました~。

 既知の、真実とされてきた歴史に捕らわれず、自由な発想から本当の姿をあぶり出したいと~・・思ってます~。よろしくです~!
プロフィール

NSY3

Author:NSY3
 何でこんなに判らんことが多いのかが良く判らん!その判らんことの答えを探して旅に出たつもりが、その答えも見つからんうちにもっと判らんことの答えを探す旅に出ることになっちまったい・・・
不徳の致すところでございます♪♪またまたどちらに「おでかけ・・レソか?」今回は夫玉を探しに・・、おっと~!違った、音霊を探しにおでかけレス!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧

aquarians

アギタの神が住む鎮守の森

山田貢司のどこに行くのか?バカボン一家
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。