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阿麻の臣って?






 ま~ね~・・・藤原氏は百済系で皇統を女系で乗っ取った・・なんて極フツーに言われてるからね~・・・・えっ?・・知らなかった~?・・ま~・・・そ~ゆ~ふ~に見えるからね~・・仕方無いっちゃ~無いのねん。特に西暦700年以降の天武天皇さんの血筋を消し、百済王氏さんの血筋を入れ・・・しかも初代と言われてる鎌足さんは、蘇我蝦夷・入鹿親子を後の天智天皇さんと一緒に殺し、蘇我宗家の息の根を止めてもいることになってるからねん。

 でもね・・もう西暦600年以降ともなるとね・・・

「単に倭だ、百済だ、高句麗だ、新羅だ、伽耶だっちゅう話しじゃぁ無い!」

のねんな。

 だってね・・・半島には確かに高句麗、百済(南扶余)、新羅、伽耶諸国が有ったけんども、西暦680年頃には・・

「新羅しか残らなかった」

のねんよ。しかもその新羅は唐の冊封を受け、唐が宗主国で新羅は朝貢国になったから、有る意味・・

「日本海を挟んで倭と唐だけになった」

形になったのねん。・・ま~・・余りに単純な見方と言っちゃえばそのと~りなんだけんども、こりゃぁ非常に厳しい状況に倭国は追い込まれたのねん・・。ただしもちろん、新羅もそれは同じ。強大なパワーを持つ唐に朝貢して新羅国王としての立場を認めてもらったにしても、それは唐の言うことを聞かない訳にもいかんことになるのねんからね~。しかも、唐と組んで百済と高句麗を貶めたは良いけんども、有る意味、「緩衝地帯」を失うことになったのねんから・・。

 だから、唐が・・

「お前は嫌いだ。王を辞めろ!」

と言われりゃぁ・・・

「御意!」

と言うか、楯突いて反抗するかを決めなきゃならんのよねん・・。ま、それは結局倭国も同じでね~・・倭の五王の頃は確かに中国に朝貢して「倭王」を認めてもらってたのねんけんど、それ以降は中国のゴタゴタも有って、冊封関係には無かったのねんから・・。


 それにね・・その頃になるとね・・争いそのものだけは残ってはいるのねんけんども、百済人だと言いつつ新羅や伽耶の王族の血が入っていたり、高句麗人だと言いつつも同じように新羅の骨品の血筋だったりするのねん。その新羅の王だってね・・700年にぁ、しっかり金官伽耶王の血が半分は入ってるしね~・・・最後の金官伽耶王はどう見たっても志帰嶋さんだっしゃろ~?・・倭なの?新羅なの?金官なの?高霊なの~?


・・そんなの~・・新羅な~い・・


                                   ♪たのめ~る


 ま、百済が新羅を追い詰め過ぎて、唐と新羅の同盟を強いものにしちゃったのねん。新羅は献女外交をしとったもんでね~・・・百済王に贈った王族の娘を殺されちゃった恨みが有ったのねんな~。

 つまりその頃にはすでに、

「百済、伽耶諸国、新羅、高句麗、倭は、みんな親類同士になってたのねん!」

・・あほやの~

新撰姓氏録 ちゅうのんが有ってね。西暦815年に、嵯峨天皇の命によって編纂された古代氏族名鑑なのねん。これは、

「京、畿内に住む1182氏を、その出自により「皇別」・「神別」・「諸蕃」に分類してその祖先を明らかにし、氏名(うじな)の由来、分岐の様子などを記述するもの」 by WIKI

 なのねんが、現在は目録しか残ってない・・だけんどもね、貴重な記録で、誰がどんな出自でどんな名の姓が有ってどこに住んでおったのかが判るのねん・・。

 で、この新撰姓氏録の諸蕃を見るとね・・諸蕃いうのは渡来人系の方々でんねん・・・ちゅうか日本人はみんな渡来人だけんどもね~、・・・当然ながら百済人が多いかっちゅうとそ~でも無くてね、漢人系163氏、百済人系104氏、高句麗系41氏、新羅系9氏、任那系(伽耶)」9氏、それ以外117氏、掲載されてるのねん。・・ま、隠れ百済人が他の「皇別」・「神別」に紛れ込んでおるねんからそんなもんなのかもしれんけんども、漢人系が163氏と非常に多いのんが・・面白いのねんな~。

 でねでね・・・不思議でしょうも無いのねんが・・この諸蕃の百済系のところにね・・


「・・ま、まじすか!」


 ちゅうような情報が載ってるのねんよ。だけんども、こんなに著名な新撰姓氏録の情報で有りながら、学者さんの研究でもネットのいらん情報でも・・いや、すまんの~・・ファシレのおじさんの情報が一番イランの~・・・


「全く研究されて無いし載ってない!」

のねんよ・・。これって・・オフレコ?禁忌?・・下手に触っちゃぁ爆発する~?・・・んなわきゃ無いよな~・・何で誰もイワンの~?馬鹿~ん・・



 ま、書いちゃえばもうね~・・誰が見たってすぐ判るのねん・・ファシレのおじさんのブログの日付より後の情報はパクリやねんな~・・もしくは、実は知っちゃ~いたのねんけんども、某筋のお達しにより自粛、でもどこかのアホが鬼の首を取ったが如くネットにさらしちゃったもんで続いて載せちゃうか~・・みたいな感じかいなぁ?・・



                           っんなわけあるかい!

 実はね・・


「阿麻臣がいた!」


 ・・・あれ?・・ビックリせんの~?・・「あまのおみ」でっせ~!・・あの、「アメタリシヒコ」の「アメ」と同じよん?・・

 それによるとね・・

諸蕃に分類。和泉国に住む。 百済出身の取石造(とりいしのみやっこ、とろしのみやっこ) 。姓は造。

「出自百済国人阿麻意弥也」

 高石市(取石)に住む、百済国の阿麻臣より出た取石造

と書かれてるのねん。

Toriishi.jpg
左下部の薄い赤の部分が取石っす


 そ・・・だから、少なくとも唐書が言うようにね・・「アメ氏」はいたのねんな。記紀はしっかり隠したのねんけんども、西暦800年の新撰姓氏録の頃には

「・・タシリヒコ?・・姓はアメ?って・・ダリ?・・甘タリシそ~だから、ちっとだけ舐めさせてちょ~!」

と新撰姓氏録の編纂者も言っていたとかいないとか・・・いるか!


 なんと阿麻臣は百済人だったのねん!・・少なくとも阿麻の臣はそ~分類されとるのねん・・でも阿麻はまだど~だか判らんよ~。で、百済人だった阿麻臣さんは、おそらく白村江の戦い前後に倭に来て、

「取石造(とりいし・とろしのみやっこ)」

と姓を授けられ、高石市の取石の長になったと思われるのねん。


 ま~・・阿麻の「臣」やねんからね・・・「意弥」は「臣」で倭の姓だしょ?・・百済なら「佐平」だからね・・百済の臣じゃぁ無いのねんよ。そんなのは無いのねんから・・。あくまで阿麻臣は、倭の臣と理解できるのねん。

 じゃぁ・・臣の付かない阿麻さんは?・・い、ず、こ、へ?


 そのヒントはやはりね・・取石造、「とりいしのみやっこ」にあるはずなのねん・・と思って調べてみると・・ま~何も出てこんのねん。取石の近くに狭山が有ったっちゅうのんを関西人のフリしとるだけのファシレのおじさんは知らんかったけんどもね・・・これは「さやま」と読むのかなん?・・だっちゅうと、「薩夜馬」さんの読みに近いよねん・・中国語だと「薩」は「さ~」だからねん・・。


                               ・・・愛ちゃん・・「さ~っ」

 中臣臣狭山命って方もいらっしゃるしね~・・。それでもね~・・阿麻臣について何とかもっとヒントが欲しいだしょ~?・・でね~・・実はそれも見つけちゃってるのねんよ・・あちゃ~・・やっちまったな~・・ざんねん~・・あま斬り~・・あれっ?・・


等乃伎神社


 この神社はね・・高石市取石にあるのねん。主祭神は中臣氏の祖神、天児屋根命(あめのこやねのみこと・天照大神の侍神)なのねん。取石造の本拠だったのねん・・


 この「とのきじんじゃ」のホームページによるとご由緒は、

 『続日本紀』天平勝宝四年(752年)の条に「中臣殿来連竹田売」と記載されています。ここにみえる中臣氏の一族である殿来連が祖先神である天児屋根命を当神社に奉祀し、また、その年に太政大臣・藤原武智麻呂、その子の大納言・恵美押勝(藤原仲麻呂)が相次いでこの里に来られ居住されたと伝えられています。このように、当神社は常に藤原氏一族(中臣氏)と由縁がありました。

そ~なのねん・・。


 つまり、752年に中臣一族の殿来連(とのきむらじ)の武田姫が、祖神あめのこやねを祭祀したと。そしてその年に

太政大臣・藤原武智麻呂、その子の大納言・恵美押勝(藤原仲麻呂)が居住した

 飛ぶ鳥さえ落とす勢いだった藤原南家のトップが居住された神社・・なのねん。


 ま、そんなご由緒だけんども、さすがに武智麻呂さんは738年に亡くなってるのんで無理だとしても、笑いながら怒る人・・じゃなかった、絶えず笑みを浮かべつつ押し通してしまうっつ~息子の大納言恵美押勝さんが一時住んだかもしれんよね~。っちゅうか、少なくともこの等乃伎神社と藤原南家の繋がりは間違い無いかと思うのねんな~。

等乃伎=藤乃木

 藤原の殿が来たので殿来っちゅう話しも有るけんどもね~・・実のところは、藤原南家も仲麻呂さん・・つまり絶頂期の恵美押勝の乱が764年に起きて殺されたので、一族の者が神社で祀った・・ちゅうのんが事実だっしゃろねん。神社は血族の者が祀るのが筋だったのねんから、藤原の大殿が神になって縁故者のいる取石にいらっしゃった・・っちゅうことなのねんな~。


 あら・・何の話しだったかな~・・・あ、そ~・・阿麻臣を辿ってったら等乃伎神社に来ちゃったのねん・・「とろし」だったはずなのに「とのき」だったのねん・・


とろし≒とのき



 取石って取石鹿文も・・・いんや、今はこれ以上拡げんとこ~・・・うんにゃ・・気にせんで~独り言なのねん


っつ~ことはぁ・・なんだ?・・


・・・げげげっ!・・阿麻とは・・・?

っつ~ところで・・時間切れ~!もっと詳細に書きたい気持ちもあるのねんけんどもね~・・でもそれだと面白くないしね~・・学者じゃぁ無いし・・じゃ、またね~。ばいなら~・・アディオ~ス!


 
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